鬼は内、すると心がきれいになって福が来る。

昨日は節分。木の花ファミリーでは、『富士浅間木の花祭り』で使ったお飾りやご聖水をお返しする火の御用・水の御用を行いました。

鬼の心を育む や みんなの真ん中で生きていく で書いているように、鬼は人に道理を伝えてくれる存在であり、鬼が怒っているのは、相手の心が汚れているからなのです。木の花祭りでは、そんな鬼が主役となっています。

昨晩、いさどんと小学校1年生のれいくんとなりくんは以下のような会話をしました。


木の花祭りでのれいくん。

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いさどん:(木の花祭りで鬼を演じたれいくんに向って)おい、鬼。鬼。鬼は外。おかしいだろ?この言葉。

れいくん:おかしい。

いさどん:何がおかしい?

れいくん:鬼は神さまなのに追い出しちゃう。

いさどん:おかしいだろ?でもみんなそういうことを言う。ということはみんな変なんだよ。そうだろ?

子どもたち:うん。

いさどん:鬼がどうして恐いかと言ったら、人間が悪いことをするから、「こらー」って言うんだよ。みんなも悪いことをすると「こらー」と言ってもらう。そう言って貰わないと間違えちゃう。それを自分が悪いことをしているのに「こらー」と言ってくる鬼を悪いやつだと言って追い出すってことは、わがままばかりしようとしているんだよ、みんな。

なりくん:鬼は内、福も内だよね。

なりくん
れいくん:鬼は内。福は外。

いさどん:福は外???違うよ() 鬼は内として、そうするとみんな心がきれいになって、福が来る。そうだろ?学校でみんなに話してやったか?


なりくん:うん、僕とひみちゃんで友達みんなに話していったよ。

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鬼は外、福は内。

これはご利益を求める気持ちから出る言葉で、人々は自分に都合の良い福を求めます。
ですが、福を求めても大抵は叶いません。それは自分を顧みることがないからです。
それでも都合の良い福を求め続けることが、
この世界に混乱をもたらしているのではないでしょうか?

昨日、プロ野球選手の清原和博が覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されました。
清原は昨年3月、NHKの取材に対して以下のように語っていたようです。(NHKニュースより)

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「引退したあと、自分の気持ちをコントロールするのがすごく難しかった。9歳から30年以上ずっと野球のことばかり考えてきて、野球選手としての清原和博が終わった時に、俺はどうしたらいいのかと思うようになった。最後は膝の故障で納得して辞めたが、引退後は1日をどう過ごしていいのかが分からなくなった。野球選手としては悔いがなかったが、引退後は心に穴が開いた感じだった」

「僕自身は弱い人間です。高校1年の時に、野球を見るとおなかがいたくなったりとか、小さい時は人見知りが激しくてお母さんの後ろに隠れたりしているような感じだった。それなのに、岸和田の清原が甲子園でいきなり全国区の清原になり戸惑いがあった。世間が清原を見るのは常に拳を振り上げているイメージ。だけど本当は、怖く見せてバリアを張るのに必死だった」

「現役時代は、どんなにファンやマスコミから悪く言われようとホームランを1発打てばすべてが挽回できた。バット一振りでなんでもできる世界だったから。ただ、引退してしまうと、いろんなことでネガティブに見られても、それを挽回する方法がない。清原和博という名前を恨んだこともあった。この名前がずっとついて回ってきて、何をやっても何か言われる。この名前を背負っていくことが嫌だった」

「野球というものがなくなり何も戦うことがなくなって、大量にお酒を飲んでしまったり、家族に会う時間もないほど荒れていた。今は、離婚して子どもともあまり会えなくなり、野球の仕事がなくなって、何もすることがない。この部屋にいて天井を見ているだけです」

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多くの人々があこがれる野球のスター選手だった清原。
それは求める福が叶った状態とも言えます。
ですが、内面は苦しみを抱えていたことが伺えます。

そして、スター選手の陰には多くの挫折した人々の存在があるのです。

人間性の伴わない幸運。それが人々や社会に何をもたらすのか?
スターを求める人々の心理が清原の状態を生み出したとも言えるのです。
清原の存在はまさに時代を象徴しているように思えました。

鬼を内にいれて、自らを正し、その結果、福が来る。

そんなふうに生きる時、ずっと幸せに過ごすこと出来るのです。

鬼は外、福は内。

それは大切なものが逆さまになった言葉です。

だから苦しみが生まれ続ける。

今、世の中がひっくり返る時が来ています。


艮の金神さまです。








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