大いなる自分へ向けてのそぎ落とし

秋分の日を迎えて、いさどんは以下のように語りました。

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「木の花ファミリーでは2017年を『爆発の年』と呼んでいる。爆発というのは、究極の破壊だ。そうすると、破壊というのは、陰に入る入り口とも言える。今日、秋分の日を迎えるにあたり、これまでの拡大のサイクルからそぎ落としのサイクルに入る。だから、一人ひとりが不要なことはもうなしにして、必要なことだけを行っていく時が来たということだ。」
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そして、秋分の日の朝、いさどんとようこちゃんはこんな会話をしています。
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いさどん:
だから、恐れてはいけない。・・・そうか、残りの人生を生き切るぞ。幸か不幸か、世相はとてもダイナミックだ。今までのように、もう浮かれてはいられない。そのような時代に入った。だから、現状の危機迫る日々に対してしっかりと眼を向けて、その荒波を乗り越えないと、生きていることの限界が来る。生きていることを楽しめないどころか、限界を感じてしまう。
そのために、心強いのは、本当に心から通じ合った仲間がいること。そして、それが群れて、皆の能力がしっかりと発揮され、その難局を乗り越えていく――、ここまで来たら、もはやそれしかないだろう。
お釈迦様の話の中に、家に火がついたのに子どもたちが気付かないで庭で遊んでいるというたとえ話がある。だから、お釈迦様はそれを何とか助けようと思って、家に火がついていることを気付かせようとするのだが、子どもたちはまったく気付かないで朗らかに遊んでいる。それが、今の人間たちの生きる姿勢だ。
昨日、みちよちゃんがようこに「綺麗になったね」と言っていたね。やはり、そぎ落とすと、人は綺麗になる。
ようこ:
「自己否定の申し子」であるいさどんの姿から、毎日学んでいるからね。
いさどん:
僕は自己否定しながら、自らの歩むべき道を頑なに進んでいる。


 ~ 中略 ~


いさどん:
スイングバイは欠くことのできないとても有効な物理性ではあるけれど、それは精神性に対しても非常に重要な物理性なんだよ。
ようこ:
スイングバイとは、天体の重力を利用して宇宙探査機の軌道を変更する方法だから、わたしたちも節目ごとに軌道修正しながら不要な心をそぎ落としていける。さらに、スイングバイによって天体の公転運動を利用することで、宇宙探査機を加速させることもできるから、わたしたちも方向性を定めたら、進むべき道へどんどん加速しながら進んでいけるということだね。
いさどん:
軌道修正する方向に意識を向けていくと、その意識は加速しながらタイミングを計り、ベストなタイミングで進むべき方向へと放たれていく。小惑星探査機が地球の軌道から離れて目的地へ向かってスイングバイするためには、地球の公転速度である秒速30km に乗って、それ以上のスピードまで加速する必要がある。同じスピードでい続けたら、ただ地球のまわりをぐるぐる回っているだけになってしまうからね。
人間はそのような優れた叡智を解明し利用しているのだから、やはり魂にもそのような仕組みを取り入れていかないといけない。「物心両面」というからね。
ようこ:
そのためには、先程いさどんが語ったように、群れて、自らの姿をお互いにチェックし合うことが大切だね。
いさどん:
それでお互いを活かしあってね。
ようこ:
そうして精神性を高めていく。
いさどん:
目的がいがみあうことではなく、高まっていくことになければいけない。それも、ひとりの存在が高まるのではなく、皆の意識が高まっていったときに、世界に次のステージが現れる。これ以外の道がどこにありましょうか。
ようこ:
これ以上の突破口がどこにあるのだろうか。それは、無限の可能性の彼方にあるものだね。

いさどん:
それは無限の可能性であり、宇宙の意志だ。地球が宇宙に存在し、時代は宇宙の動きと共に刻まれているのだから、それが人が目覚めるべきところだ。我々は太陽と共に、土と共に、水と共に、空気と共に、風と共に、物心両面で宇宙を歩むものなのだ。
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この道は自己否定の道であり、そこに人類の未来があると思っています。かつて僕はこの道について以下のように書いています。
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この道は言ってみれば、自己否定の旅だと思っています。それはもっと大きな自分、世界と一つになるための自己否定です。常に否定し続け、それが即、肯定へと変容し続けます。それは自分を手放すことが出来ることへの誇りであり、大いなるものへと自分を委ねる覚悟となります。

この道は山登りに例えられます。山のすそ野は広くどこからも登ることが出来ますが、頂上は一つ。登れば登る程、道は限られていきます。同じように、この道は究めれば究める程、道は狭くなり、今まで良かったことも駄目となり、自らの選択はどんどん限られていきます。

不自由の自由。

一見、不自由に見える心の道ですが、それを進むことが本当の自由への道です。

なんでもいいけど道は一つ。

そんな感じです。


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我思う、故に、我あり。(コギト・エルゴ・スム)

自分が存在しているのは、自分が思考しているから。自分の存在基盤を思考に求めたデカルトのこの言葉は、自我による自然からの独立宣言で、自然や他者の存在なしで自分が存在出来るという幻想を人間にもたらしました。自我を与えられた人間は、その人独自の経験をし感情を育んでいきますが、デカルトによるこの宣言以降、それがどんどん独りよがりのものとなっていきました。その結果、人々は自らを主張することに一生懸命となりお互いに分かり合う経験を減らしていきました。トランプ大統領が誕生して以来特に話題となるアメリカ社会の分断と対立ですが、それは自然や他者から切り離された自我が生み出しているものであり、人類の危機を表しているのです。

だからこそ、自己否定が大切となります。独りよがりになりがちは自我を否定することにより他者との繋がりを取り戻し、大いなる自分、世界と一つになっていけるのです。

2012年12月21日に迎えた「銀河の冬至」、その前後7年の銀河の夜明けを超えて、今、宇宙は光の時代へと向かっています。それは独りよがりとなった自我という闇からの解放を意味します。そして、文明周期説は、これから物質文明が衰退し、精神文明が栄えることを示唆しています。人類は今まで物質的豊かさを追究すると共に自我を膨らましてきました。その結果、人々は自我の幻想に囚われ、社会に分断と対立が生まれ、精神的には貧しい時代を迎えています。これからは物質的豊かさと共に膨張した自我をそぎ落とすことで精神の豊かさを生み出していく必要があるのです。それを可能にするのが、人と人とが共に暮らす群れの暮らしであり、互いを生かし合うことで精神性は高まっていきます。

秋分は一つの節目であり、1年のサイクルで見ると、そぎ落としの始まりです。その機会に自らの姿勢を確認し、もっと大きな宇宙のサイクル、そぎ落とすことで精神的豊かさを生み出すサイクルを推進していこうと思っています。

先日、ロータスランドに新しく飾られたです。






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