不自由の自由、それが本当の自由

以下の言葉は2015年10月、自分の感情に囚われ大きな滞りを生み出していた僕に対するいさどんの言葉です。

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なかのんは、自分の状態は問題だということは言います。
だけれども、駄目なところに情を掛けて執着してしまっているのです。
そこはシビアになって抜け出さないと次の段階に行けません。

そこに情を持って執着していると、言っていることとやっていることが違ってきます。
それは矛盾を創ります。
そんなことをずっとやっていたら霊的には罪を犯すことになります。

問題があると認識しているならば、
そのことを認めて改善する意志を明快に示すことです。
そして、常に問題を意識して生きるのです。
毎日を冷静に見ていく。緻密に見ていく。
客観的に自分を離れてみていくことが必要なのです。

木の花ファミリーのようなみんなで創っている場所、
これはある意味、組織みたいに見えます。
そうすると、そこに共鳴出来ない不調和な状態にいる人にとっては、
この組織みたいなものが個人を締め付けているように感じます。

だけれども、ここでやっていることは個人の質を高めることによって、
みんなで目的を達成しようという投げかけをしているだけで、
締め付けをしているわけではなくて、あなたにそのことを託し、
そして同時にあなたの価値を上げようとしているのです。
その時に、日頃、語っていたり、
みんなで確認し合っていたりすることをぶち壊すということは、
ここ全体に対して逆風になるし、自分の価値を下げることにもなります。

客観的に見たら、そんな行動を取るのはおかしなことでしょう?
それなのに、なぜそのおかしな行動を取るかといったら、
その未熟な自分に執着しているからです。

それで、僕の話をしますが、僕も昔、同じところを通ってきました。
僕は、お釈迦さま、そして神さまに出会い、道理を伝えられてきました。
お釈迦さまが語られるのは仏道、道なのですよね。
プロセスをずっと見ていく客観視点を育てられます。

そうすると自分の感情が苛立っている状態を観なければいけなくなります。
普通の人は感情が出てくると、感情のままに出して、
それを主張することが自由だったり束縛されていない状態と思ったりしています。
ところが、僕にはもう一つの目線がありました。
それも強制的に示される目線です。
そちらの方から「お前の今の感情はこうだぞ」と言われると、
僕みたいな道理人間、理屈人間は理屈で負けてしまうのです。

それでどうするかというと、僕は理に叶った方に行こうとします。
自分の主張が愚かであっても、そこに執着したい自分がいますが、
理に適った方に行かなければなりません。
そのように、そちらを選べば選ぶ程、情がわいている自分を否定することになります。
理に適った方を選んでは自分を否定していく。
その繰り返しになりますが、その覚悟が出来ていないとだんだん辛くなるのです。

そこで「俺はつらいんだー」となって爆発したことがありました。
そうすると、お釈迦さまは「それなら止めるか?」と尋ねてきました。
「なんてひどい薄情なことをいうの?あなたは」と思いました。

そこでまた道理を考えました。
僕が執着して道を歩むことに辛い想いをしていることに対して、
そのまま執着して進むことは、その道を外れるということになります。
止めるか?という話に乗るのもこの道を外れることになります。
どちらの自分も認めることが出来ません。

道理のところに行くことによってのみ楽になれる。
自分で自分を本当の意味で認めることが出来るのです。

認めたくない自分に執着をしてそのままで行こうとしますが、
それはすごいバカなことをやっているのです。
それでも執着している時はつらいものです。

僕はその想いを怒りに変え、伝えました。

「何を言っているのですか。止めるわけがないではないですか。
これを知らずにいかない人は世の中に沢山いますが、
一度、これを知って行かないものがいるでしょうか?
絶対やめない。見ておれ。やめんから。」

逆切れしたのですよね。

さっきのなかのんの言葉もある意味逆切れですよね。
だけれどもなかのんは自分と向き合わない方向に切れていました。

僕は「絶対にあなた(お釈迦さま)のところにいく」という逆切れ。
同じエネルギーの掛け方でも違う方向に向かっているのです。

僕は辛いから泣きました。でもその涙は自分にとって肯定的です。
そこまでやるんだ。
その想いが自分を強くしてくれます。

なかのんの逆切れは心を強くするものではなく、ある意味逃げています。
そうやって逃げていくと悔やみの心が出てきます。

また自分が否定する、本当はそうではないという方向に行ってしまった

その繰り返しになり、だから定期的にその想いが湧いてくるのです。
自分が嫌いな自分を演じて、自分で苦しんでいる状態です。

※いさどんとお釈迦さまのエピソードは「木の花記~金神さまの巻~」をお読みください。



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当時の僕はまずは自分の想いに従い行動し、現象に出会ってから、問題だと感じ、その自分にネガティブな印象を持ちながらも執着していました。

今は?

今の僕は自分の想いを離れて物事を眺める視点を持っています。それは木の花の暮らしの中で育まれたものですが、その視点から自分を見て自分の行動を決めていますみんなが「いいね」と思える判断、そして行動に自分を導く。そのために道理に合わない想いは自発的に手放していきます。そんなふうにしていると、ここで紹介したいさどんのエピソードを思い出します。

当時のいさどんと同じ地点に立てたかな?と思っています。

そして、僕は自分を手放す覚悟は出来ています。それは今までに与えられた「痛み」という愛によって育まれて来ました。そして、自分を手放していると思いもよらない出来事に出会います。例えば、先日、ロータスランドで提供しているおまかせセットとミニブルーベリーパフェを特別にご馳走になりました。これは自分が希望したことではなく周りから与えられた特別な出来事です。こういう特別なことがあると、それに相応しくあるように、全体性を意識する気持ちがさらに強まります。

そしてこの時、僕はいさどんからこんな言葉を貰っています。

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この暮らしを始める時、自分の持っているものが自分ものでなくなることの喜びがありました。それは最初、お金や私有財産だったりしましたが、それが血縁や身近なものを手放していく喜びに繋がっていきました。ところが、これをやってきて、それが素晴らしいと思えば思うほど、そして究めれば究めるほど世の中とのギャップを感じてきました。そして、たくさんの無理解者と出会ってきました。周りに理解がないと人はくじけるものです。だけれども大事を持っているからこそ、これを続け、くじけそうになったら広い視点から見てその大事を確認してきました。そして歩むことを恐れません。その結果は、思い通りになるということではなく、ただいただいたものを答えとして逞しく生きていくのです。そうやって価値を積み重ねてきました。時代の流れを見るとこれは必要な生き方だから、それを先駆けとして生きていくのは尊いことです。ところが今の評価を欲しがると人は崩れていきます。今の評価と先駆けとしての生き方をどう織り交ぜるか?そんなことが問われ続けます。

そんな中、なかのんは風当りの強いところで役割をこなしてきました。それは定めということもありますが、その定めは僕に寄りそってきたからです。批判の対象は本来、僕。僕の近くにいるからそういう役割をこなしてきたのです。それがここのところ、なかのんは自分で立って、自分の道として、その役割をこなすようになって来ています。それに対して僕は感謝の言葉は掛けません。なぜなら、なかのんが自分で歩んで自分の価値を高めているのだから。ただ、その孤独と辛さを僕は知っています。だからその歩みに対する慰労の気持ちがあって、それでこの場が持たれました。

その位置に立つと誰かに頼ることは出来なくなります。支えになるのは自分自身のこの道に対する覚悟だけです。自分で生き方を確立し、それを自分に伝えていく。自問自答しかないのです。

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この道は言ってみれば、自己否定の旅だと思っています。それはもっと大きな自分、世界と一つになるための自己否定です。常に否定し続け、それが即、肯定へと変容し続けます。それは自分を手放すことが出来ることへの誇りであり、大いなるものへと自分を委ねる覚悟となります。

この道は山登りに例えられます。山のすそ野は広くどこからも登ることが出来ますが、頂上は一つ。登れば登る程、道は限られていきます。同じように、この道は究めれば究める程、道は狭くなり、今まで良かったことも駄目となり、自らの選択はどんどん限られていきます。

不自由の自由。

一見、不自由に見える心の道ですが、それを進むことが本当の自由への道です。

なんでもいいけど道は一つ。

そんな感じです。

多くの人は自分の想いのままに行動することが自由だと思っています。ですが、思い通りにことが運ぶことはほとんどありません。結果、自らの想いに翻弄され、現実の中で右往左往するのです。平和を求めて争ったり、平和のために核武装したり。人々は自らの想いに翻弄され、それが矛盾に満ちた社会を生み出しているのです。

自らの想いが何をもたらすか?

その視点がないためにこのような現実となって表れています。

自らの想いを離れ、客観的視点に基づいて高みへと進んでいく。それが本当の自由への道であり、それは予測不能の1本道、ただ出会う出来事を楽しんでいく道なのです。

ご馳走になった今週のおまかせセット。1日20食550円で提供しています。

ご馳走になったブルーベリーパフェです。


真の女性性が蘇る

7月7日は七夕でした。七夕について滝沢泰平さんは以下のように書いています。

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本日は77日の七夕の日です。

すでに過ぎましたが、77日の午前1時頃に天頂付近に主要な星が上り、天の川、牽牛星、織女星の3つが最も見頃になる時間帯となっていました。

この七夕の夜(77日午前1時頃)のことを別名で「夜明けの晩」と呼ばれています。

かごめの歌にもある「夜明けの晩」といえば「鶴と亀が滑る(統べる)」

天を舞う鶴と地を這う亀の「天地一体・陰陽統合」

七夕の夜の陰陽統合といえば、七夕物語に出てくる「織姫(ベガ)」「彦星(アルタイル)」の男女であり、これは日本の引き離されて隠された神を象徴していると言われています。

織姫は「瀬織津姫(セオリツヒメ)」であり、一方の彦星(牽牛星=スサノオ[出雲王])は「饒速日(ニギハヤヒ)」という話です。



この縄文の夫婦神の統合が起こる七夕ですが、どちらかといえば、やはりメインは女性性の時代、女神の象徴である瀬織津姫。

~ 中略 ~


月の女神としても知られる瀬織津姫。

~ 中略 ~


この解放と男女の統合・和合が始まっている今、今日の七夕を境にそのエネルギーはもっと加速するように思えます。



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そして「夜明けの晩」、「女性性」については別の場所でこんなふうに書いています。

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『夜明けの晩』に本当の自分と出逢うこととは、自分がこの地球で実現させたかった真の想い・自分自身の中に眠っている未知なる才能と出逢うことを意味しています。

今回の夏至の瞬間を誰よりも待ち望んだけれど、既に魂が肉体を離れ天に戻った私の親友である先住民族の長老はこのように語っていました。

新たな時代への潮流の中で大切なことは、(それが一番良い方法だと信じて)全てを自分でやろうとするあり方(誤解)から自分自身を解き放つことだ。自分が望む結果よりも、遥かに偉大な結果へと天が導いてくれるということを信じて委ねられるか。それは、また宇宙時間への回帰の大切さを意味している。』

そのためのキーとなるのが、自らの中に「真の女性性を蘇らせる」ということだと思います。

真の女性性とは

『天の愛を受けとる在り方であり、天に導かれながら生きていくということ。』

かつて、「死」さえも天が統治して導いてくれているということを感謝と共に受け入れていた時代がありました。身体を持った「生」の時間と、身体から離れた「死」という時間を、行ったり来たりすることは、"悠久の宇宙時間"の中に在る魂にとっては何も怖いことではなかったのです。

           天下泰平ブログ・第1話「宇宙時間」より

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ここで話しは変わって。

7月4日、僕は3年半ぶりに実家に帰りました。そこで1枚の写真を見つけました。
それは2000年12月23日に僕が創った箱庭の写真です。

2000年12月23日に作成した箱庭です。


この箱庭を創った時はちょっとしたトランス状態になっていて、この箱庭は、心の奥底から自分を出し切ったものとなっています。

箱庭の右下では、男性と女性が対面しているのですが、間には4頭の恐竜がいて、今にも戦おうとしています。陰陽統合、男性と女性が出会うためには争う恐竜を超えていく必要があるのです。

恐竜は進化の段階では哺乳類以前であり、大脳新皮質は発達していません。本能的な感情、情動を司る大脳辺緑系が中心となります。つまり、恐竜は本能的な感情や情動を表していて、それを超えた時に初めて陰陽の統合は生まれるのです。

僕の中にはずっと強い情動がありました。あまりにも強くそれが自分のすべてのように感じたこともあります。それがなければ生きる意味がない。それに従うことが本当の自分を生きること。そんなふうに感じ、それに従って生きようと決意をしたこともあります。その結果、情動に翻弄され、様々な場面で人生を台無しにして来ました(「あなたの未熟もみんなに役立つ」参照)。

この箱庭を創った時も、僕は情動に価値を置いていました。

情動に従うことで陰陽の統合が実現する。

当時はそんなふうに、箱庭を自分に都合よく解釈していたのです。想いが強すぎると世界がその色に染まり、それに従うのが流れのようにも見えるものです。自分の視点を超えることの難しさがそこにはあります。ですが、天は常に相応しい結果を与えてくれます。今までの人生で生じた滞りは陰陽統合へと導く天からの愛なのです。

箱庭を創ってから17年。

箱庭の本当の意味に従い感情や情動を超える時が来ました。

7月9日、13時07分。山羊座の満月です。

7月9日午前1時頃のお月様です
僕が生まれた時、月は山羊座にありました(満月ではありませんが・・・)。
その山羊座での満月です。

山羊座は結果、目標達成を表します。(「結果を出す山羊座の満月」参照)。

僕の中で真の女性性が蘇りました。

それは宇宙時間を生きるということであり、感情や情動、思惑を超えて、ただ出会う出来事を楽しんでいくということです。

ここでまたまた話しは変わって。

7月7日、陰陽統合を表す七夕の日。核兵器禁止条約が採択されました。それは女性性が蘇る時代の流れに沿ったものと言えます。ですが、核保有国や日本は交渉会議に参加しませんでした。日本政府は条約に署名をしない意向を表明していますが、署名の邪魔をしているのは恐怖や疑心であり、それに基づく思惑、核の抑止力という考えです。

真の女性性は、死さえも感謝と共に受け入れ、すべてを天に委ねるものです。一人ひとり、そして社会がそんな姿勢を育む時、疑心暗鬼や核兵器はなくなり、人類の未来に希望が生まれることでしょう。

僕の中で、真の女性性は今、蘇っています。

それは2004年にハワイ島で描いた本当の自分を生きるということでもあります

2004年に描いた本当の自分=ボディマップ

本当の自分を生きる




この絵はボディマップと言って、2004年、ハワイ島の小田まゆみさんのところで描いたものです。大きな紙の上に寝て、自分の身体の輪郭をなぞってもらいます。それを見て、自由に絵を描きました。頭や顔の部分には星や月があり、境界がなく宇宙へと繋がっていて、そして身体に中は、心臓が太陽になっていて、そして同時に雨が降っていて、手足は土となり、その中には微生物がいて、木が生えています。自分自身が全宇宙、そして地球の表現となっていて、手には剣を持ち、執着を断ち切り、お尻からはしっぽが生えていて、孫悟空のように自由に飛び回ります。

7月4日、3年半ぶりに実家に帰った僕は、久しぶりにこの絵を眺めました。

この絵を見たまゆみさんは、僕に『プレアデスかく語りき』を読むように勧めて下さりました。

あなたは宇宙からのメッセージを感じるセンスがある。そんなにマニアックなものを読むことはないけれども、そういう方へ意識を持っていくといいと思う。

まゆみさんはそんなふうに語ってくれました。

自分自身が全宇宙であり、全世界。

そんな絵を描きましたが、当時の僕がそんなふうに生きたかというとそんなことはありません。自分ごとの世界の中に埋没していました。

自我は自分だけの納得を求め、そしてすべてを台無しにして来ました。

心の奥底から描いた本当の自分。それも自我から生まれる衝動や感情で壊されて行ったのです。

それは僕だけでなく、人類を見ても言えて、世界平和を求めながらも核を開発し続け、地球環境への警鐘が鳴らされる中、アメリカはパリ協定から離脱しました。自国の利益、自分の利益を求める姿勢が不合理な決断に繋がり、そして崇高な理念も壊していくのです。

今日は7月7日、七夕です。

2年前の今日、僕はいさどんと一緒に大町へ行き、以下の言葉を貰いました。

☆彡 ☆彡 ☆彡

常に意識を全体性に持っていく必要があります。
あなたは今、個人的願望を抱えているわけだけれども、それをどう超えていくのか?
それが重要です。
個人的願望が全体性と共通していればいいのです。
例えば、個人的願望が宇宙の法に基づいていたら、それは理に適っていきます。
個人を高めるためというならば、それは全体性を持つことが個人を高めることであり、
全体性と個人は本来、共通していることなのです。
ですが、個人が抜きん出てしまうと、天が「それは違う」と滞りを与えてくれるのです。

心を磨いた結果出会うことがあります。願いが叶わない状態も自分を高める要素です。
「はい!分かりました」と叶うようなことなら、その願いは本当に自分を高めません。

だから何より心を磨き続けることです。

そして、自分を高める努力をしていると、その努力したことでエネルギーが消費され、他のものはいらなくなります。いらなくなった状態をさらに超えた世界。共通の世界で極めていく世界がその次にあるのです。個人で高める努力から「みんなで」とか「一つになる」というところで極める世界があるのです。

それは前人未踏の世界。我々は前人未踏の世界を創らなければならないのです。



☆彡 ☆彡 ☆彡

あれから2年。心を磨き続けた僕は全く違った立ち位置にいます。

個人的願望は自我から生まれるものであり、本来の自分を台無しにするものです。だから、それを追い求めることはありません。自我から生まれる個人的願望。それは浮かんでは消え、また浮かぶ波のようなもの。それに翻弄されていては本当の自分を生きることは出来ません。

7月4日、3年半ぶりに実家に帰り父母と会いました。

自分の自我は主に父母との交流を通して育まれたものです。だから父母は自我を刺激するものですが、僕の中には何ら特別な動きはありませんでした。ただただ人として尊重し愛を向ける。それだけです。

本当の自分。それは自分だけの納得ではなくみんなの納得を生み出します。なぜなら、僕は宇宙そのものであり、全世界と一つだから。

2004年にハワイ島で描いた本当の自分。

今、その自分を生きる時が来たのです(^-^)

七夕の今日、本当の自分を生きることをあらためて決意します。

まゆみさんの絵(白多羅仏)



いつでもどこでも同じ心で

昨日、招待していただいた山元学校の第190回記念レセプション&山元雅信誕生会に参加して来ました。シリアの大使や衆議院議員の原田義昭氏をはじめとして角界で活躍する方とお会いできる貴重な機会となりました。日本シリア議員連盟の成立が1週間前に可決されたというビックニュースに始まり、歌や三味線、書の披露などが彩りを与えとても素晴らしい場となっていきました。

左から(山元さん、シリア大使、原田議員)


この会に参加するにあたって、僕は山元さんから以下のような言葉を貰っていました。

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二次会で自己紹介タイムがあるので、木の花ファミリーの話をして下さいね。木の花ファミリーは今の世の中で大家族の素晴らしい集団生活で学ぶべきところが沢山あります。

中野さんの役割は、木の花ファミリーが存在している事実を皆さんに知らしめることだと思います。まだ知らない人達がいるので、勿体ないです。

木の花ファミリーのチラシを100枚用意して下さいね。主だった人達と名刺交換して下さい。100枚は必要です。

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それで僕は、木の花ファミリーのことを知らせる思惑を持って参加したのですが、初対面の人ばかりが集まる場で、会自体は別の話題で進行しています。そんなに簡単には木の花の宣伝は出来ません。まぁ、それはそんなものだろうと思っていました。そして、それでいいのです。

この会は山元学校の発展、そして山元さんの誕生日を祝うために様々な人が集まっているのですが、それを実現しているのは山元さんの人柄、そのホスピタリティにあります。多くの人が集まる中、山元さんは全員のことを立てて、みんなに紹介しようと奮闘されていました。その姿は素晴らしいものでした。

人柄が場を生み出し創っていくのです。

それならば僕自身が表現すべきものは、木の花の情報よりむしろ、その生活の中で育んできた自分の人間性です。ならば思惑は手放して、その場を楽しみ、その場を創っていくことが大切なのです。そんなふうに思い、場を楽しみながら、少しずつ参加者と交流し木の花の話をしていきました。それはとても良い時間となりました。

そして、2次会。自己紹介の時間は1分~2分。
その中でどう木の花のことを印象づけるか?
それは僕にとっての真剣勝負です。

まず資料はそれぞれの席に配らせて貰いました。
そして、考えて以下のように話しました。

僕の年間生活費は、なんと! 25万円。
なんでそんな生活が出来ると思いますか?

みんなで一緒に生活して自給自足をしているからです。

そんな僕の言葉に山元さんが絡んでくれ、引き立ててくれました。
ありがたいことです。

とりあえず会場の注目を集めることは出来ました。
そして、そんな僕の話を聴いて、以下のように言ってくれた人がいます。

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あなたのスピーチは素晴らしかった。
お金とかそういうものではない満ち足りた幸せが伝わってきた。

☆彡 ☆彡 ☆彡

こういう言葉は嬉しいものです。

木の花にいても、他の場所に行っても、その場で調和的な空気を生み出し場創りをしていく。その姿勢が何より大切なのだと思います。木の花のことを伝えたいという思惑を手放しながらも、大事は大事、それを忘れずにチャンスの時にはすべてを掛ける。その姿勢がまた場創りになっていきます。

調和した空気が広がっていくように。

ホスピタリティのある山元さんが人々を繋げていくように、僕自身も日々、自分の人間性を高めていきます(^-^)






自我をなくすと優れた自分に出会える

先日、久しぶりにいさどんとじっくり話しをする機会がありました。いろいろなことを話したのですが、その中で印象に残っているのが「今の人は頭を使わない」といういさどんの言葉です。「頭を使わない」とはどういうことか?いさどんは以下のように言います。

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現代人はすごい頭を使っているようで、頭を使っていない。損得勘定などそういう思考はいっぱい使っているけれども、自分をチェックする機能が全くない。学校教育で知識を得て、毎日マスコミからたくさんの情報を得ているけれども、それが本当に必要なものなのか?自分の役に立っているのか?そういう検証はなされていない。その状態で魅力的なものはいっぱい情報として与えられ、欲望だけが膨らんでいく。だけれども、その欲が自分に何をもたらして結果的にどのようになっていくのか?そういうことを全く考えず条件反射で情報に翻弄されている状態。時代が変わろうが立場が変わろうが、変わらない大事がある。それは自分を見つめることで初めて見えてくる。

今、多くの人は無条件に出てくる自分の癖性分のままに行動し、自然や社会は危機的状況を迎えている。でも人はそのことを忘れていく。苦しむのが嫌だから。理由をつけたり、もしくは本能的に避けて何もなかったことにしている。例えば地球温暖化。警鐘を鳴らしているけれども日常生活はそのままで意識しているようには思えない。そして日本の借金。2060年には8,000兆円となるという試算が公表されているけれども、日本の政治家はそのことに向き合っているようには思えない。本当はそのことが常に頭のどこかにあって、それを踏まえて政策を考えなければならない。

これからますます自然災害などが起き、頭を使うこと、自然やものの流れを感じる力が求められるようになっていく。そうなっていかなければならない。だけれども人々にはその危機感が感じられない。これは時代の流れでもあり、人の成長への追い風なんだけれどもね。

人は本来、宇宙と一つ。その中で人類の歴史はほんの最近のことで、今の人生はその中のごくごく一部。魂は永続でずっと続いていく。それなのに、今の人生の目の前のことだけ見ていたらあまりにも視野が狭すぎる。そんな狭い視野で感情のままに思惑を巡らしても自分の価値は高まらない。魂は、生きているところから死の向こうへいく。そこを繋げなければ、実体の半分しか見えていないことになる。死の向こうまで伴える価値を積み上げる。本来、大切なのはそういうことで、それには自分を離れ広い視野に立つ必要がある。

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自我を持つ人間は自分の視点で世界を経験し、その中に閉じこもることが出来ます。それは文明社会を築き上げたことで自然のリズムを無視して生きる姿に重なります。そのような状態で自然環境は破壊され、人間社会も貧困や格差、分断や孤独など様々な問題が溢れ危機的状況を迎えています。ですが、人々は未だ自分視点で世界を眺め、情報の洪水の中、右往左往しているのです。

いかなる問題も、それをつくりだした時と同じ意識によって解決することはできない。

これはアインシュタインの言葉ですが、今の問題は人間の自我により生み出されたものです。それを自我により解決することは出来ないのです。今、多くの指導者が解決策を模索しても有効な手立てが生まれないのは、それが自我の延長から生まれていて、自分や人間の都合に基づくものだからです。

自我をなくすというのは、自分がなくなるということではなく、優れた自分と出会うこと。

いさどんはそんなふうに言います。

自らを分けると書く自分。自我は世界から自らを分けて際立たせ、そこで固定しようとします。そして、世界との繋がりを失っていきます。ですが、それは本来、波のようなもの。浮かんでは消えて、また浮かぶ。常に海全体の動きと連動し変化し続けるものなのです。

自我は波。自我をなくすとは波が海である自分に気づくということです。その時、大いなるものとの繋がりの中、安心して自分を表現することが出来ます。浮かんでは消える波の動きが海そのものの表現となるのです。

みんなが自我を超えた時に表現される世界。

それはすべての存在が繋がりの中で生かされる世界で、その中で、今ある問題はすべて解決されることでしょう。

いさどん@田楽祭田植え祭り



世界の心がみんなの心になるように

6月24日11時31分、蟹座の新月でした。蟹座の新月について天下泰平さんは以下のように書いています。

☆彡 ☆彡 ☆彡

12星座には、それぞれの星座宮(サイン)に強い影響を与える「支配星」が必ずありますが、蟹座の支配星は、なんと「月」であります。

月を支配星とする蟹座の新月は、月のエネルギーが最大限に発揮されるタイミングです。

なお、蟹座の得意分野は「家庭生活」に関わること全般のようです。

将来家庭を持つパートナーとの出会いや関係性の発展、すでに家庭生活を営んでいるのであれば、妊娠や子育て、夫婦や親子の関係。

いずれにしても、家庭に関わるすべての要素に蟹座新月は効果的なようなので、新月の願いや祈りも家庭に関わることを完了形で書くと良いかもしれません。

~ 中略 ~

ところで、蟹座のマークは数字の「6」と「9」が重なったようなどこかで見たことのあるマークです。

これは一般的には蟹のハサミを象徴しているようですが、見る人がみたら69の陰陽マーク。

蟹座と陰陽は、決して無縁というわけではなく、そもそも占星術の世界では「太陽が蟹座に入る日が夏至」となっています。

夏至は1年でもっとも陽が長い日であり、陽が極まって陰に転じる節目であります。

陰陽切り替えを告げる、今回の夏至と蟹座新月」より


☆彡 ☆彡 ☆彡


そして、加藤由迦さんは以下のように書いています。


☆彡 ☆彡 ☆彡

夏至は最も日照時間が長くなる日。

太陽のパワーが強調される日でもあります。

太陽は「明るみになる」というエネルギーを持っていますので、
あらゆる精神的なものが現象を通して
明確化するようなことが起きていた気がします。

 明確化される主なものは、
「自分が本当に望んでいるもの」と、
「自分が無意識に我慢してきたこと」です。

目の前に起こる全ての出来事や現象は、
何らかの意味を持ちます。

 ~ 中略 ~

夏至のタイミングで明確化した、
最も望んでいるものはどんなものでしたか?

夏至のタイミングで露呈した、
我慢していたこと妥協していたことはどんなものでしたか?

この蟹座の新月は夏至に明確になったそれらを、
受け入れることを求められます。

気づいてしまったのだから、もうそれは自分にとっての変えようのない真実。

望んでいるものも、無理できないこともいけ入れる。

そんな新月となります。

~ 中略 ~


今回の新月のニュームーンデトックスは、
かなりディープな感情のテーマと向き合う流れになるかもしれません。

なぜなら人生を180度方向転換するような決め手となる、
感情的シグナルを受け取る必要があるからです。

感情は出来事や状況、人との関わりによって刺激されますが、
そういった外側の出来事に目を向けて居るうちは分析プロセスには入れません。

今一番感情を揺さぶられるようなことや出来事に対し、
その感情の海から何を拾い上げるのか?

海の底に沈んだ1つの宝物を拾い上げるために、
荒波を潜り進めるパワーが必要です。

今回の新月はそういった精神の奥底に

ダイブするパワーを与えてくれます。



☆彡 ☆彡 ☆彡


僕の最も望んでいることは、みんなが共有出来る視点や感覚と共にあること、そして他者のために自分を表現していくことです。自分を離れて他者のために自分を表現して世界と一つになっていきます。それは日々の感情の奥底にある望みで、だから僕は自分自身の感情を見通し、その奥へ行き、そしてそこから感情を表現し続けます。

蟹座が得意とするのは、家庭生活。家庭と言えば、僕にとっては木の花ファミリーで、木の花ファミリーは地球家族であり、宇宙家族です。だから僕にとっては世界中が家族で、みんなが一つの経済で支えあえたらいいなと思っています。

そんな想いを書いた文章がアメリカのコミュニティ向け専門誌「コミュニティズ」の2017年夏号に掲載されました。ここでその文章の一部を紹介しますね。




☆彡 ☆彡 ☆彡


経済は人が「はたらく」ことによって生まれます。木の花ファミリーでは、「はたらく」を傍楽と表現しています。それは「はたらく」ことの本来の意味が「傍(はた・他者)を楽(らく)にする」ことにあり、自分を超えたネットワークの中で役割を果たすことだからです。それは生産活動がそのまま宗教、芸術、倫理を生きることを意味した未開社会の人々の暮らしにも表れています。
人々がそのように「はたらく」時、お金も常に他者のため、全体のために使われるようになります。それが木の花ファミリーの経済であり、これからの社会のモデルになると思っています。すべての人がみんなのため、全体のためのお金を使う時、お金はどこにあっても同じとなります。どこにあっても誰が持っていてもみんなのお金となるのです。

環境破壊や経済格差などお金によって生み出される問題が山積みとなっている今、みんなで力を合わせて生きることが求められています。世界のお金がみんなのお金になって、みんなが世界のためにお金を使うようになった時、お金を巡る争いやトラブルはなくなります。そして、みんなで助け合って豊かに暮らす社会が実現し、今ある問題は解決していくでしょう。そのために大切なのは心磨きであり、それは、経済を通して自分を知り、そして自分を育み、結果、心豊かな経済を生み出す道なのです。
☆彡 ☆彡 ☆彡
すべての人がみんなのためにお金を使う時、世界中のお金がみんなのお金となります。同じように、すべての人がみんなのために自分の心を表現する時、世界中の人々の心がみんなの心となり、お互いに学び合い成長し合えます。そんな豊かな世界を実現したいです。そのためには自分の心を覆う壁を乗り越える必要があり、心磨きは自分だけではなくみんなのためにあるのです。
僕は心を磨き、その自分を表現し続けます。
新月の時、月は太陽と共にあります。太陽はすべてを明るみにします。明るみにしみんなと共有し楽しみ学ぶこと。それが他者のために自分を表現していくことです。
世界の心がみんなの心になるように。
他者のために自分を表現していく。
それが今年の夏至、そして蟹座新月を受けての僕の誓いです。

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