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天に昇り太陽に心を向ける

なかのんが進むとそのままズトンと落ちる」で僕はいさどんの以下の言葉を紹介しました。

☆彡 ☆彡 ☆彡

何のために文章を書いているのか?

全体のためでなく自分のため、自分のこだわりになり始めている。

変に力が入っている。だから疲れる。

余分な力を入れずにもっとニュートラルになることが大切。

なかのんの中では今でも地球は平らになっている。

だからなかのんが進むということはそのままズドンと落ちるということ。

☆彡 ☆彡 ☆彡


これは「分からないことの先に無限の広がりがある」に対するフィードバックですが、
この言葉から僕が感じたことをもう少し詳しく書いておこうと思います。

「地球が平」というのは天動説の時代であり、
その頃の人類にとって地球が宇宙の中心でした。
地球とは体験の場所であり、地球暦や占星術では「自分」を表す惑星です。
つまり「なかのんの中では今でも地球が平」というのは、
僕が自分中心の視点になっているということです。
自分中心の視点となり自分で物事を進めようとしていたのです。
この状態では、周りが見えなくなるので、
ズトンと落ちる。
つまりはなんらかの滞りに出会うということです。

だから僕は天に昇ると書きました。

天に昇り地球を見れば、
地球が丸く、様々な惑星との関係の中で存在していることが見えてきます。
それは自分の実態を知る体験です。

この時、自分が何よりも太陽の存在に生かされていることが見えてきます。
いさどんは僕にそういう視点を大切にするように伝えてくれたのです。




ということで、僕は天の昇り、この世界で起きることを眺めます。
すると、タイのプミポン国王死去のニュースが目につきました。

僕の友人でアジアの動きに詳しい川崎大輔くんはこのことを以下のように書いています。

☆彡 ☆彡 ☆彡

タイにとうとうこの日が来たかって感じです。

 プミポン国王死去。88歳で、70年間も国民の厚い信頼と人気があったので、
タイもいよいよ本当の時代の転換期を迎えます。

これによって直近ではタイの経済活動の停滞など影響は1カ月ほどあります。

会社と学校など1週間程度の休みになる可能性が出てます。
70年前は国民が半年ほど、喪に服してたと聞いています。
これからは誰も経験したことのない長い時間が始まります。

また軍が政治に介入しそうです。テロが起きて戒厳令、
クーデターなどの可能性もあります。
直近では空港がテロの対象になっている話も流れてきています。
みなさまお気をつけください。

最終的には、後継者問題でまた国が真っ二つになると考えられます。

王位継承の発表は皇太子で、現在は出ているようです。

タクシンももう我慢できずに帰るでしょう。
皇太子から恩赦をもらうよう働きかけるのでますます混沌とします。

タイが安定しないとその周辺国にも影響が及びます。
ASEAN諸国が不安定になりやすい状況であることは免れません。

混沌とした感じのひとときです。そして、アセアンの転換期でもあります。

国王は全てのタイ国民に尊敬され精神的支えのような存在でした。

御冥福をお祈りするとともに、この転換期を無事に乗り越えられますよう。


合掌



☆彡 ☆彡 ☆彡

プミポン国王はタイ国民の精神的支え、太陽のような存在でした。
その国王が亡くなったのですから、人々が動揺し、不安定になる可能性があります。
ですが、タイ国民にはもう一つの太陽があります。それは仏さまの教えです。

昨年の12月5日、プミポン国王誕生日の日、いさどんはタイでスピーチをしました。
以下はその一部です。

☆彡 ☆彡 ☆彡

皆さん、こんにちは。わたしは今、とても幸せな気持ちです。
それはなぜかと言うと、今日、この場に出会えたからです。
わたしはいつも幸せを願って生きています。
それは自分の幸せではありません。
全ての地球生命が輝いて幸せでいることを願っているのです。

わたしは日本の富士山麓にある木の花ファミリーから来ました。
わたしたちのコミュニティが始まってから21年になります。
わたしはこれほど皆の心がつながって調和がとれているところを他に知りません。
その理由を考えてみますと、
わたしたちは富士山麓で自然と調和することを常に考え生きてきました。
富士山は日本人の心の柱です。
そして、わたしたちにはブッダの伝えてくれる精神があります。
その二つの柱に支えられ、木の花ファミリーはとても幸せな生活をしています。

そして、はじめに伝えましたように、わたしの心は今、とても幸せです。
皆さん、それはなぜだかわかりますか?
皆さんには、今日お誕生日を迎えられたプミポン国王という大きな山がありますね。
国王様、お誕生日おめでとうございます。
そして、皆さんにも生活の柱となるブッダの精神があります。
ですから、わたしは日本の木の花ファミリーにいるときと
同じような幸せをここで感じているのです。

 ~ 中略 ~

最初に、わたしは日本の富士山から来ましたと皆さんに伝えましたが、
その前にわたしは地球から来ました。そして宇宙から来ました。
では皆さん、宇宙はどこにありますか?
宇宙は今、皆さんのいるここにあります。
皆さんの心の柱であるブッダの精神は宇宙そのものです。
ですから、ブッダイコール宇宙です。皆さんも宇宙人ですよね。
そして、その境地に至れば皆さんもブッダなのです。

「仏の悟りは仏のためにあらず。仏の悟りは一切衆生のためにあり。」
お釈迦様はこの精神をわたしに伝えてくれました。
そして、その精神を生きて、その心をこの世界に示しなさいと言われました。
それで、富士山麓に木の花ファミリーという理想郷を創ったのです。
木の花ファミリーは宗教団体でも寺院でもありませんが、
寺院のように人々が道を求め、宗教団体のように人々が集う場です。
そして、それは自らの悟りを求める道ではなく、皆で共に極める道です。
時代は、個人の悟りの時代から人類全体の悟りの時代へ移行しています。
他者の喜びを自らの喜びとして生きる菩薩の里――
そのような場がこれからの時代のあり方であり、
そのように人々が生きることができれば、真に尊く美しい世界が自ずと表現されるのです。
わたしはここにいる皆さんと共にそのような理想世界を創っていきたいと願っています。




☆彡 ☆彡 ☆彡

ブッダの精神とは宇宙そのもの。つまりは宇宙の法則です。
それは人類共通の太陽であり、柱です。
そこに意識があれば、どのような困難も乗り越えていけるのです。

太陽はいつも教えてくれています。

木の花ファミリー通信Vol.87」には以下のような記述があります。

☆彡 ☆彡 ☆彡

今、世界中で様々な問題が起きています。
例えばどこか遠い国で起こるテロは、
自分とは関係のないものだと思うでしょうか。
地震や台風のような天変地異は、
人間にはどうすることもできない自然の驚異だと思うでしょうか。

私たちの生きる地球は、太陽の導きの元にあります。
太陽は常にその心を送り続け、人間がそこから外れれば、
それにふさわしい現象を地球上に起こし、
「気付きなさい」とメッセージを送っています。
今世界で起きていることの現実を知り、
自分のしていることがそこにどのような影響を及ぼしているのか
ということが観えた時に初めて、人は変化の道を歩み始めます。

~ 中略 ~

これまでは物理的豊かさを追い求め、
医療も経済も拡大していくことばかりが善しとされる時代でしたが、
本当に必要なものだけを選んでいく、そぎ落としの時代に入ったのです。
それは世の中が大きく歪んでいた分、いっときは痛みを伴うかもしれません。
けれどもその先に、生きていることそのものに豊かさを感じられる世界があるのです。

この世界には、流れがあります。
出来事の表面ではなく、その奥に心の目を向ける時、
全ての出来事の背後を常に変わることなく流れ続ける、
大きな流れがあることが観えてきます。
自らの立ち位置を離れ、その流れに乗って生きると、
不思議なほど色々なことが連鎖し、とんとん拍子に物事が進み、
自力で何かを成し遂げようとしていた時には
想像もできなかったような世界が現れるのです。
その流れの中では、余分なものは自然とそぎ落とされ、
人々の中に眠る無限の可能性が花開いて、
様々な個性が響き合いつながり合い、美しく循環していくことでしょう。
それは個人の満足をはるかに超える、
ダイナミックな生命の喜びにあふれた世界なのです。


だから太陽は、私たちに心を送り続けています。


あなたたちが美しく健康であるように

互いを想いみんなでつながって生きるように

そして世界が豊かになるように

いつも私の方を向いていなさい  ──────────


そう呼びかけているのです。


☆彡 ☆彡 ☆彡

プミポン国王の死去も宇宙の流れの中での出来事です。
その奥には、一人ひとりの目覚め、皆で共に極める道が流れています。

大切なのは天に昇り太陽に心を向け続けることです。
そこには余分な力はいらないのです(^-^)










なかのんが進むとそのままズトンと落ちる

昨日の朝、散歩をして富士山と川を眺めていたら、
昨年の5月に書いた「願いから自由になるために生まれてきた」を思い出しました。
以下、そこからの文章を引用します。

☆彡 ☆彡 ☆彡

この豊かな世界では様々な願いごとが生まれる。
誰かを好きになったり、美味しいものが食べたくなったり、旅をしてみたくなったり。
願いが叶うことは嬉しいことだが、それは一時的なものですぐに次に願いが生まれる。
願いが叶って喜んだり、叶わずに苦しんだり悲しんだり。
それはそれで楽しく豊かな人生なのかもしれない。
でもそれは刺激と反応の繰り返し。
その奥に更なる幸せがあることを僕は知っている。

願いを叶えるために生まれたのではなく、願いから自由になるために生まれてきた。

願いから自由になって、個人的視点から離れる。
そしてこの世界の真実を知り、それと一体になる。
僕はそのために生まれてきた。

それは宇宙や地球と一緒に学び幸せを味わう生活。

そこに至るためにこの暮らしがあり日々心を磨いている。


☆彡 ☆彡 ☆彡

多くの人は目の前の出来事に一喜一憂しています。
それは刺激と反応の繰り返しで、自分の人生が感情に支配されている状態です。
人生が自分のものとはなっていないのです。

例えばアメリカ大統領候補のトランプ氏は歯に衣を着せない発言で人気を集めて来ました。
それは人々がなかなか言うことが出来ない本音だからこその人気だったのだと思います。
ですが今、トランプ氏は窮地に立たされています。
トランプ氏は過去に女性を蔑視した発言をしており、そのビデオが公開されたのです。
今、トランプ氏は非難にさらされています。

確かにトランプ氏の発言は問題あるもので、非難されるのは当然です。
ですが、女性に対する蔑視は男性優位の社会が続いた中で生まれた歪みであり、
社会全体で乗り越える必要がある課題です。
それは一人の人を責めればそれでよいという問題ではありません。

トランプ氏を賞賛する時、人々は自分の中の望みをトランプ氏に託しています。
そして非難する時は、自分の中にある汚れをトランプ氏に見ているのです。

どちらも本来は自分の中にあるものです。
それを外に見て、状況の変化により一喜一憂しているのです。
これは自分自身の特性や想いを外に投げ出してしまっている状態です。
この状態では自分が変化することはありません。
自分は変化しないから、出来事が繰り返されるのです。

自分を直視してその自分を乗り越えていく。

その時、初めて人生が自分のものとなり未来へと進んでいくのです。

そして思いました。

宇宙と自分は一つです。
ならば宇宙や世界で起きることと自分の体験は同じものなのです。
本来すべてが自分のこととして感じられ理解されるはずです。
ですが、実際はそうではありません。
そうではないのは自分と世界が切り離されているからです。
それはこの身体だけが自分だという勘違いから始まっています。
その勘違いにより、人は自分の人生を失っているのです。
なぜなら、この世界、この宇宙で起きる出来事はすべて自分の人生なのだから。

世界と自分が一つになる道。

それは悟りへの道であり、山に登り、川となって流れる道でもあるのです(^-^)

昨日の朝の富士山です。

ここまでは昨晩の大人ミーティングの前に書いた文章です。
そしてこれ以後は大人ミーティング後に書いた文章であり、
新しい自分が書いた文章です。

昨晩の大人ミーティングでは「分からないことの先に無限の広がりがある」をシェアしました。
いさどんは、その最後の方の文章を見て「なかのん道」を感じたといいます。
それはマニアックな方へと行く危険性ということです(^-^;)

以下、いさどんの言葉を箇条書きしますね。

☆彡 ☆彡 ☆彡

何のために文章を書いているのか?

全体のためでなく自分のため、自分のこだわりになり始めている。

変に力が入っている。だから疲れる。

余分な力を入れずにもっとニュートラルになることが大切。


なかのんの中では今でも地球は平らになっている。

だからなかのんが進むということはそのままズドンと落ちるということ。

☆彡 ☆彡 ☆彡


面白い!!!

と思いました。

特に「なかのんが進むとそのままズドンと落ちる」というあたりが。

だから僕は前には進まずに天へと昇っていくのです。

な・ん・て・ね♪

なんにせよ、こんなふうにチェックが入るのは有難いことです。

理屈抜きで納得です(^-^)



僕の未来、そして宇宙へと続く物語

一昨日の大人ミーティングで僕は「自分の納得を超えてこの世界の実相へ」をシェアしました。
その時、いさどんから最後の6行についてのフィードバックがありました。
それはこんな感じで展開します。

☆彡 ☆彡 ☆彡

だから常に自分の納得したい心を超え続けていくことが大切です。
そしてこの世界をただただ探究し、そしてただただ感じて味わっていくのです。
その先に真実が浮かび上がり、それは時と共に変化し続けます。

この文章は自分の意思であると同時に仕組みです。

僕と世界は一つ。

ここで僕が出てくるけれども、これは自分がどうこうすることが出来ない実態です。

時と共に変化し続けています。

これも自分はそこにいるけれども自分はそこでは何も出来ません。前の表現と一緒です。

宇宙と一緒に未知な道を旅していきます。

最後のところで、未知の道を旅して「いきます」となったところで自我が出てきています。
ここで「います」とするともうこれは完全に自らを手放した状態でただこの世界を見ています。

「き」という言葉はエネルギーが湧き出ていることを表しています。
ここではそれが自我となって現れています。
それを取ってリラックスした状態にして、「います」という状態になった時、6行が美しくなります。
「き」が入るだけでぶち壊しになるのです。
これは本当に微妙なところ。たった1個「き」という文字があるだけで境地が全然違うのです。

とはいえ、こういうことを語れる文章を書くようになったのは随分と・・・
昔、プロジェクターのスイッチにこだわっためんどうくさいなかのんがここまでなったのです。

今、僕は「き」はいらない。つまり自らの意思がいらないと言っていますが、
それはこの文章のレベルになっているからです。
低いレベルの時、口ばかりで実行が伴わない時は、「たい」ではなく「ます」
「やります」と意思を込めることが大切になります。
ですが、それが当たり前になってくると「やります」ではなく「あります」
「いきます」ではなく「います」となるのです。


※プロジェクターのエピソードは「僕といさどんと木の花ファミリー」をお読みください。

☆彡 ☆彡 ☆彡

宇宙と一緒に未知の道を旅する。

これはその前の文章と同様でこの世界の仕組みであり事実です。
そこに自らの意思は必要ではなくただ仕組みに「気付く」ことが大切なのです。
ここに意思が出てくるところに僕の気負いがあり自我が表れているのですが、
それをこんなふうに教えてくれる人がいて語り合えるのはとても幸せなことです。
いさどんのこの話を聴きながら僕の全細胞が喜びで沸き立っているのを感じました。
これは大きな発見であり、この気づきは僕のこれからの変化を加速させることでしょう。
そしてそれは宇宙の変化でもあるのです。

例えば、この9月について、天下泰平ブログ:すべてを許し、受け入れる「魚座の半影月食」には以下のような記述があります。

☆彡 ☆彡 ☆彡

先月の818日の水瓶座半影月食、830日からの水星逆行、91日の乙女座日蝕、99日の木星天秤座入宮、そして本日917日の魚座半影月食と922日の秋分を通して、宇宙の流れも人々の意識、文明の方向性も大きくシフトする大揺れの期間となり、そして101日の天秤座新月から、いよいよ変革の「2016年秋」に入っていくと思います。

☆彡 ☆彡 ☆彡

もっと長いスパンで見ると、2012年12月21日の「銀河の冬至」を挟んだ前後7年間の”銀河の夜明け”が今年の夏至、6月22日に終了し、本格的に光の時代へと踏み出しました。そして今日は、そこから地球が太陽の周りを90度動いた秋分です。これから光へ向っての動きがさらに加速されていくことでしょう。それは今まで見えなかったことが明らかになっていくということです。

僕は一昨日、「いきます」という言葉の中に自分の自我が隠れていることを知りました。
それと同じように、この世界に隠れている自我を明らかにしていくことが大切です。
自我を明らかにし、それを超えていくことが時代への動きと呼応し光へと向かっていくのです。

例えば、9月20日、オバマ大統領が国連総会で行った演説では、世界全体が進歩したことを賞賛する一方で、平和と繁栄を破壊しようとする危険な武力に対して警告を発し、以下のように述べています。

☆彡 ☆彡 ☆彡

これは、今日の我々の世界を明確に表すパラドックスだ。冷戦終了後の四半世紀、世界は、多くの手段によって、以前よりも暴力が減り、より豊かになった。しかし、我々の社会は、不安と対立に満ちている。制度上では非常に大きく進歩しているにも関わらず、統治はより困難になっている。国家間の緊張状態は、より早く顕在化するようになっている。したがって私は、この瞬間、我々全員が選択を迫られていると確信している。我々は、統合されたより良い世界へと前進するのか、大きく分断し、衝突する世界へと後退するのか、選択することができる


☆彡 ☆彡 ☆彡

この言葉は美しく平和を願っているように聴こえますが、その奥にはオバマ大統領の自我があります。なぜなら、そこで語られた内容は、イランとの核開発交渉やキューバとの国交回復、パリ協定への署名など自らの取り組みを成果として強調し、中国やロシア、トランプ氏など自らと対立する存在を非難するものだからです。

そもそも世界の暴力は減っているのでしょうか?制度上大きく進歩しているのでしょうか?

これはオバマ大統領にとって都合の良い視点から語られているように思えます。
そしてそこにはオバマ大統領の自我が隠れているのです。

近代科学が発展し物質的に繁栄した今の社会は人間が幸せを求めて努力をした結果です。
幸せを求めて努力した結果、大量消費や環境破壊、貧富の格差や飢餓を生み出しています。
それは人類一人ひとりの心に「自分が」という自我が働いていたからです。
「自分が」という気持ちが分断や対立、競争を生み出し、今に至っているのです。

だからいつも「自分が」という自我の働きを明らかにし超えていく必要があります。
その結果「みんなで」という心を育み、世界と一つになっていくのです。

だから常に自分の納得したい心を超え続けていくことが大切です。
そしてこの世界をただただ探究し、そしてただただ感じて味わっていくのです。
その先に真実が浮かび上がり、それは時と共に変化し続けます。

僕と世界は一つ。

時と共に変化し続けています。

宇宙と一緒に未知な道を旅しています。

ちなみにこのブログは2014年の秋分(9月23日)に立ち上がりました。
これで丸2年となります。
ここには僕の心磨きの物語が流れていて、それは未来へと続いています。
そしてそれは宇宙の物語でもあるのです(^-^)

いさどんと富士浅間木の花祭りに登場する金神さまです。


「自分ごと」から全体性へと至る道

木の花ファミリーでの僕の基本的な役割は「金庫番」で、
お金を中心とした事務仕事を主にしています。
ですが、農繁期で忙しい時は、畑に行ったり、田んぼに行ったりもします。
そして、お弁当の注文が沢山入った時はお弁当を詰める手伝いをしたりと・・・

木の花ファミリーの暮らしは多種多様な役割によって成り立っています。
そしてその土台には、自然からの恵みがあり、天の流れに基づいた生活となっているのです。


朝6時からスタートする落花生収穫の様子です。


田んぼに行ったり畑に行ったりすると、
自然のダイナミックな動きがリアルに感じられてとても楽しい時間となります。

木の花の暮らしは天の流れの下、一つの生き物のように動いていきます。
それはこの世界も同様で、時代は一つの生き物のように動いていきます。
その動きを感じられたら、この世界はとてもダイナミックで楽しい日々となるのです。

そんな世界観へと繋がる話を紹介します。

とりあえずはいさどんの言葉から。

☆彡 ☆彡 ☆彡

この道を極めることが大切です。
そこに向けて真っ直ぐに行くと人の価値が上がります。
そして価値が上がると自然にみんなから支持されるようになるのです。
その位置で願いが叶っていくことが大切です。
想うと叶うというのはそういうことです。

ところがあなたの場合、叶わない現状にありながら、
願いを叶えたいという願望や欲望になっているものだから、
宇宙の法から外れてしまったのです。
だからそれは「自分のこと」であり、我欲となっていくのです。
宇宙は「もっと叶えたい。あなたの望みは全部叶えたい。」と願っています。
その代わり宇宙の法に沿って願えということです。


☆彡 ☆彡 ☆彡

僕は最近なんどもこのいさどんの言葉を引用していますが、
この言葉は僕の思考を整理してくれました。

僕らはよく「自分ごとではなく全体のこと考える」と話していますが、
このいさどんの言葉により「自分ごと」とは何かが明確になったのです。

僕はずっと意識の関心が自分に向いていることが「自分ごと」だと思っていましたが、
この認識は正確ではありませんでした。

この世界で自分を最大限に生かすために、自分を正確に知っていく。

そんなふうに自分に関心を向けるならば、それは「自分ごと」ではなく、
世界のことであり全体性へと至る行動となるのです。

その一方、途上国の支援など社会貢献と言われる活動をしていたとしても、
それが自分都合になってしまっていたら、その活動は「自分ごと」なのです。

活動の動機をしっかりと観ることが大切です。

例えば、ODA(政府開発援助)ですが、本来、途上国のための援助のはずが、
日本企業の利益に繋がり、途上国に累積債務と環境破壊をもたらす事例もあります。
 ※Wikipedia「日本のODAの問題点」参照
このような活動は決して全体のことを思った行動とは言えません。
社会貢献活動を利用して日本は「自分ごと」で動いていたのです。
しかも日本全体ではなく、一握りの人の利益のためであり、極めて「自分ごと」と言えます。

今、G20が中国の杭州で開催され各国の首脳が集まっていますが、
どれだけの指導者が地球全体のこと思っているかは疑問です。

例えば、先日発表されたアメリカと中国によるパリ協定への批准ですが、
これは確かに全世界のためになる行動と言えます。
ですが、その動機は「全体のため」を思ったものではないのです。
これはあくまで各々の利害に基づく判断で、
だからこそ南シナ海の問題では米中は対立したままとなっているのです。

これでは真の平和には至りません。

指導者だけではありません。
今、この世界は「自分ごと」の集まりで動いているのです。

宇宙の法の下では、自他の区別を超えてすべてが繋がり生かしあっています。
それから外れた「想い」や「行動」はすべて「自分ごと」なのです。
世界のことを考えていても、社会貢献をしていても、
「自分が」という想いに基づいていたら、それはやはり「自分ごと」となります。

そして、「自分ごと」の想いや行動は、たとえそれが実現したとしても、
この世界に偏りを生み出し、いずれ対立や格差、喪失などの滞りとなって現れるのです。

だから「自分ごと」を超えていくことが大切です。

自我が与えられた人間は、当然のように「自分ごと」の願いや想いを持ちます。
そして、それは意欲にも繋がるものです。
だから、それらを追い求めることは大切なことではあるのです。
ただ、その際、宇宙の法を意識する必要があるのです。

宇宙の法とは天の流れあり、それは時代が生み出しています。

自らの希望を追い求めながらも、天の流れを感じ、結果をいただき学んでいく。

そんな姿勢でいると、自分が高まり、自然と全体性へと至るのです。

それは自分と向き合う旅であり、その旅は果てしない冒険であり、新しい発見は尽きません。
新しい発見により自分がどこまでも果てしなく広がっていくのです。

ということでまたここでいさどんの言葉を紹介しますね。

☆彡 ☆彡 ☆彡

常に意識を全体性に持っていく必要があります。
あなたは今、個人的願望を抱えているわけだけれども、それをどう超えていくのか?
それが重要です。
個人的願望が全体性と共通していればいいのです。
例えば、個人的願望が宇宙の法に基づいていたら、それは理に適っていきます。
個人を高めるためというならば、それは全体性を持つことが個人を高めることであり、
全体性と個人は本来、共通していることなのです。
ですが、個人が抜きん出てしまうと、天が「それは違う」と滞りを与えてくれるのです。

心を磨いた結果出会うことがあります。願いが叶わない状態も自分を高める要素です。
「はい!分かりました」と叶うようなことなら、その願いは本当に自分を高めません。

だから何より心を磨き続けることです。

そして、自分を高める努力をしていると、その努力したことでエネルギーが消費され、他のものはいらなくなります。いらなくなった状態をさらに超えた世界。共通の世界で極めていく世界がその次にあるのです。個人で高める努力から「みんなで」とか「一つになる」というところで極める世界があるのです。

それは前人未踏の世界。我々は前人未踏の世界を創らなければならないのです。



☆彡 ☆彡 ☆彡

いらなくなった状態をさらに超えた世界。
「みんなで」「ひとつになる」ことを極めた世界。

それはきっと「自分ごと」を超えて宇宙の法の下に生きる人々が、
自らの個性を最大限に発揮した豊かな世界。

バラバラな特徴を持つものが一つのハーモニーを表現する世界。

真の平和が実現しすべての存在が生かされ調和した世界。

言葉にすればこんな感じでしょう。

そんな世界へ向けて、日々の暮らしを大切にし、この道を極めていきます(^-^)




宇宙の法則を生きて、それを知っていく。

尖閣諸島に中国船団が押し寄せ日本と中国の領土問題が話題になる中、
木の花ファミリーでは昨日から今日に掛けて8名の中国人のお客様を迎えています。
彼らは仏教を実践者で、中国でコミュニティを立ち上げようとしています。

昨晩の大人ミーティングでは、いさどんブログ「イスラム教徒は何を伝えようとしている?~ダッカ人質テロ事件から時代を読む」がシェアされ、そこからテロや平和、禅、お釈迦さまの悟りとこれからの悟り、時代の流れなど様々なことを語り合いました。そして、その最後にいさどんは以下のように語りました。

☆彡 ☆彡 ☆彡

日本と中国は世界の情勢の中で立場が違います。その違いは認識の違いから生まれます。
そこからお互いに異質なものを感じるとそれが最終的に対立に至ります。ですが、広い世界観で見るとみんな同じとなります。この地球という同じ環境を共有しています。すべてのものは微細なものの集合体です。その違いはどこにあるのでしょう。人々には差別の意識が生まれ、それが表現されます。自我が差別を創っているのです。自然を見ると多様な生命が存在し、一つの生態系を表現しています。すべてのものは一つです。それが弱肉強食のように見えるのは部分的に区切るからです。巨大な宇宙の中にいて、微細な集合体によって一つの世界が創られているのです。

お釈迦さまはそういうことを人々に伝えようとしたのだろうと思います。お釈迦さまの時代は、これから人々がエゴを表現し、欲望を膨らませていく時代でした。そんな時代だったためお釈迦さまの言葉は人々の救済のためのメッセージとなってしまいました。宗教が救済になってしまったのです。ですが、宗教の本質は、自らが何者であるかを悟るためにあります。一人一人の道は違います。個性豊かな道が用意されています。共通しているのは共に一つの方向に向かって悟ろうとする動き、これは宇宙の動きです。そうすると今までの宗教のように価値が固定化し、信者が既製品のようになることはありません。


今は21世紀初頭ですが、2000年までの物質的発展の時代が終わり3000年に向けての人類の新たな扉が開いたのです。開いたばかりなので、これを生きる人には困難が待っています。あなたがたは中国という体制に中で生きています。日本でも自由の中にありながら、人々は既製品化されていっています。人々は現代の価値観に囚われて縛られています。これは自らとの闘いであり、古い時代の衣を脱ぐ必要があります。あなた方のお話しを聴きながら、共通の使命をもって生まれてきていることを感じました。そして共に暮らすこの活動が始まりました。今はまだ草の根の活動ですが、明らかにこの動きは時代が創り出しています。2000年から3000年に向けての扉が開いたといいましたが、私たちの付き合いも扉があきました。これからもよろしくお願いします。

☆彡 ☆彡 ☆彡


新しい時代に向けた素晴らしい出会いとなりました。
このような人と人との出会いが積み重なり、国と国との関係も変化していくのでしょう。
それは希望の物語です(^-^)


話しは少し変わって・・・

昨日一日考えていたことを書いてみたいと思います。


自分とは何か?


自分と一言でいうけれども、何をもって自分とするか、
自分という表現から何を思い浮かべるかは人それぞれ異なります。

自我、真我、心、意識、身体、感情、思考、・・・・

自分や「自分の・・・」という言葉から繋がる言葉はいろいろなものあります。
その言葉は発する人の意識によりいかようにも変化していきます。
とりあえず、ここでは今の僕の関心から「自分」というものについて書いてみます。

「自分」には2種類あるということを思いました。

一つが「今まで積み上げてきた自分」であり、
自動的に行う思考や行動、つまりは習慣となっているものがこれにあたります。

そして、もう一つが「すべてから自由な自分」。
これは意識的に物事を認識していく自分であり、
お釈迦さまの「天上天下唯我独尊」、デカルトの「我思う我あり」などの「我」がこれにあたります。

この2種類の自分の相互作用により、現実は展開していきます。

今まで積み上げてきた自分。


人は普段何も考えずに生活し続けることが出来ます。
それは日常生活で必要になる行動を身体が覚えているからです。
そして、無自覚のまま反応し、時には感情的になり、毎日が過ぎていきます。
自分の身の回りに起きる現実はここから生まれていくのです。

だから、現実を変化させたいと思ったならば、ここにメスを入れていく必要があります。
意識的に積み上げてきた自分を見ることにより、必要な修正を加えていくのです。
その時、出来事は自然と変化していきます。

変化を起こそうとする必要はありません。
そういう意図はどうしても表面的なものとなり、本質へとは至りません。
意識的に自分を見て、そこに修正を加えていく。
その積み重ねにより、自分が変わり、出会う出来事も変わっていくのです。

すべてから自由な自分


人間の思考は自由です。どんなことだって考えていられます。

現実を無視して空想の世界に入り込むことも出来ます。
今まで積み上げてきた自分という実態を無視し、
都合のよい自分を思い描いていることも出来ます。
それは一見すると気持ちの良い行為に思えるかもしれません。
ですが、このような態度でいると、積み上げてきた自分にメスが入ることはなく、
今まで通りの日々が繰り返されていくのです。
そしてそれは大抵、本人にとって受け入れがたいものなのです。

意識を「自分の実態=積み上げてきた自分」に向け続けることが大切です。
そうすることで必要な修正を加えることが出来て、日常に変化が生まれるのです。

そして、もう一つ大切なことは、意識を広げていくことです。

自分の実態からスタートし、身の回りから人間社会、自然から宇宙へと意識を広げていくのです。
この時、自分を知ることが世界を知ることに繋がり、自分の変化が世界の変化に繋がります。
そして、この宇宙の流れが見えてきて、変化は時代が起こしていることも見えてくるのです。

自分の変化を通して宇宙の法則を知る


今まで積み上げてきた自分が現実を生み出しています。
その自分を手放し、出会う出来事をただいただいていく。
そのようにして自分を知り、必要な修正を加えていきます。
そしてまた自分を手放していく。
この繰り返しによって変化が自然に起こります。

それはこの宇宙の法則に基づいたものであり、自分の予測を超えたものです。
そんなふうにして自らが宇宙の法則を生きて、法則を知っていくことが出来ます。

それがきっとこれからの時代の悟りであり、それは常に変化の過程の中にあり、
その過程は一人一人オリジナルで、個性豊かなものとなるのです。

だからそんなふうに生きていきます(^-^)









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