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明日はお釈迦様の誕生日(^-^)

明日(4月8日)はお釈迦様の誕生日。そう思った時、昨年の4月8日、いさどんのところにお釈迦様の言葉が降りてきたのを思い出しました。その言葉は、いさどんブログ「一瞬一瞬新たな自分に生まれ変わる~4月8日お釈迦様の誕生日にて」に掲載されています。このブログはこんな言葉で終わります。

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今日お釈迦様の誕生日を祝い、あきちゃんとゆう君が誕生日にあたってコメントをしたので、今、僕はお釈迦様に代わってコメントしました。
そしてお釈迦様は、己とこの世界(宇宙)はどういう関係なのか、「私は宇宙、宇宙は私。」そうすると、区別はどこにあるのか、「あなたは私、私はあなた」という意味、そして私の存在、私の伝えたこと、私の悟り・意志とは何なのかを語って伝えてくだされ、と言われたので、お釈迦様に代わって代弁させてもらいました。

己と宇宙は区別することのできないもの。


これは大それたことでしょう。今日を誕生日とすることは、一年を区切ることであって、振り返ってみれば、わたしたちは皆、何年何月何日の何時何分何秒に生まれてきたのです。実は、毎日誕生日が来るのです。誕生日だけではなく誕生秒がきて、誕生分、誕生時、誕生月がくるのに、なぜ一年にたった一日だけを祝うのか、と言われました。


ゆう君:
いさどんの話を聞いていて今、思いついたことは、全員死神に迎えに来てもらうといいなということです。それは、「今までの自分が死んで、新たな自分が生まれる」という意味です。

いさどん:
それが誕生日の意味です。今までの区切りなのですから、どのような区切りでも、今までの自分が死んで、そして新たな自分が生まれるのです。極端に言えば、一秒一秒今までの自分が死んで、新たな自分に生まれ変わることができるのです。

ある意味、死ぬことは「絶対救済」「完全救済」です。死とは生きることの終着地点ですからね。生きる目的の全ては死(四)へ向かっているのですから、五、六、七、八、九、十はないのですよ(笑)♪

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自分の誕生日(3月7日)からちょうど1ヶ月が経ちました。


これが誕生日の日に浮かんだ言葉で僕はそんなタイトルのブログを書きました。永遠とは宇宙そのもの。「私は宇宙、宇宙は私」と同じことを言っていると思っています。

ですが自我を持つ人間は常に自分を際立たせ、自分の解釈でこの世界を経験していくのです。だから常に死ぬことが大切となります。自分が生まれるとその瞬間に自我が際立ち自分の解釈が生まれます。すると宇宙との間に差が生まれます。その差を取って悟るために生まれては死ぬことを繰り返すのです。そんなふうに生きていく時、自分は世界と混じり世界そのものとなっていくのです。

死ぬとはつまり自分を離れることであり、それが生きる上での目標なのです。

それは思惑を手放すことであり未知への旅路です。

あーしたい、こーしたい。

そんな想いを叶えていく。それは確かに嬉しいことですが、世界を自らの想像の中に閉じ込めようとする試みです。無限なる世界を自らの想像の中に閉じ込めることは出来ません。だからその試みはいつか行き詰まることになります。

現代社会はある意味人間の想いを叶えてきた結果とも言えます。人間は世界を自分の想像の中に閉じ込めようとしてきました。だから今、社会は行き詰まりを迎えているのです。

それは今の自分を貫こうとする姿勢の結果です。

瞬間瞬間死んで自分を離れたら、自分は宇宙に溶けていきます。それは永遠、無限の中に溶け込むことで、その中で人は変化をし続けるのです。そしてその変化は人間の思惑や想像を超えて展開し続けます。

社会の行き詰まりは人間が今の自分を貫いてきた結果です。その行き詰まりを打破するために必要なことは「分からない」を受け入れることです。未来を自分の想像の中に閉じ込めようとするのではなく、未知の未来に自分を開いていくのです。

それがつまり死ぬということであり自分を離れるということであり生きる目的なのです。

明日はお釈迦様の誕生日です(^-^)






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