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境界線がなくなっていく

境界線がなくなっていく

最近、畑隊のかとけんからバチルス菌(バチルス・チューリンゲンシス)という微生物についての話を聴きました。バチルス・チューリンゲンシスは、Bt毒素と呼ばれる殺虫性たんぱく質を生み出します。このBt毒素は、蛾などの害虫の腸を溶かし殺すのですが、それはアルカリ性の消化液で溶解されることで効果を発揮しています。人間など哺乳類の腸は酸性であるためBt毒素が溶解されることはなく害にはなりません。バチルス菌を作物の葉面に散布すると、バチルス菌がBt毒素を作り出し、それが葉を食べる害虫の胃を溶かすのです。 このBt毒素については面白い実験があります。それはマイマイガの幼虫の腸内細菌を抗生物質で一掃してからBt毒素を与えるというものなのですが、腸内細菌を一掃してからBt毒素を与えると、マイマイガは死ななくなったというのです。Bt毒素の特性はそれ単体で生まれるものではなく、他の細菌との相互作用で生まれているようなのです(「Bt毒素の謎~日経サイエンス2007年3月号より」参照)。 この話を聴いたトキ、これは僕ら人間にも言えることだなと思いました。一人ひとりの持つ個性や特性は他から切り離されて独立して存在するものではなく、他者や環境との相互作用の中で生み出されているものです。 この世界は鏡と言います。本当の意味で自分を理解していくには「ただ自分の心を見て・・・」というよりも、出会う出来事そのものとそれを通した心の動きを見ていく必要があるのです。それをジイジは以下のように語っています。 ☆彡 ☆彡 ☆彡 生きるとは、自らの魂が生み出す「思い」を表現することです。思いは、それぞれの響きを持っています。私たちが生きて、思いを表現すると、その思いの響きがこの世界の何かしらに当たり、ふさわしい現象となって自らに返ってきます。自分がどのような響きを発するかによって、世界はその響きに正しく応え、ふさわしい出来事を与えてくれるのです。そうすると、人生で出会うすべての出来事は、自分自身を観ていると言えます。つまり、この世界は鏡なのです。 ~ 中略 ~ 生まれてきて、生きることは、命の仕組みです。それは宇宙の法則の中にあります。人生を生きるといろいろなことに出会いますが、その出会いは、自らの魂が何を発したかによって、それにふさわしい出来事が返ってきたということです。返ってきたものを見て、私たちは自分自身を知るのです。 その時に、返ってきたものを見て、これは私のものじゃない、誰か他の人のせいだ、世の中のせいだ、運が悪かったんだ、という人がいます。それでは、自分に都合の良いものが返ってくるように、お金で買いますか?そんなことはできませんね。それは、返ってきたものを自分のものとして受け取らないということです。 「21世紀の死生観・序章...

心の水爆を爆発させ水爆をなくす

心の水爆を爆発させ水爆をなくす

先日、「意識とは量子フィールドである」という記事を読みました。とても興味深かったので、ここに全文を引用します。 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ここでいう意識とは、思考や感情のことではありません。 前回書いた、思考や感情に気づいている、観察している側の、本質的な意識のことです。 この意識は、私個人のものでも、あなた個人のものでもありません。 人類のものでもなく、地球上の生命の全てというだけもでなく、文字通り「全て」に共通している意識のことです。 「量子フィールド」は量子物理学の用語。 量子論の父と呼ばれるマックス・プランクは「量子フィールドとは意識のことである」と言っていたそうです。 「全ての存在は”フィールド”、つまり場で互いにでつながり合っている」 と説明されますが、私は 「全ての存在はフィールドそのものである」...

再現性・予測可能な世界を超える

再現性・予測可能な世界を超える

12月19日、理化学研究所による検証実験でSTAP細胞が再現出来なかったことがニュースに流れました(NHKニュース参照)。これを受けて小保方さんは21日に理化学研究所を退職したようです。 さて、STAP細胞は本当になかったのでしょうか?断言は出来ませんが、僕はあったのではないかと思っています。というのは、トキとトコロが揃った時、物事はなるからです。その実験が行われる環境、そして実験者の心が実験結果に影響を与えます。Natureに掲載され有名になる前の小保方さんがこの実験を行った時、トキとトコロが揃ってSTAP細胞が生まれてのではないかと推察しています。ですが、もう状況が変わってしまったのでしょう。 再現性を大切にする科学の世界では、STAP細胞がないという結論に至るのは当然だと思います。でも、それが生まれていた可能性は否定出来ません。そして、いつかまたトキとトコロが整った時にSTAP細胞が誕生するのではないでしょうか?あらゆる可能性がある。僕たちが生きているのはそんな世界です。 再現性があることは予測可能となります。ということは、科学の世界は世の中を予測可能なものにする取り組みと言えるのではないでしょうか?すべてのものが予測可能になった時、結果が分かり切った世界となるでしょう。科学を推し進めることはそんな世界を創ろうとしているとも言えます。そんな世界に面白味を感じますか?もしもあなたが現状を退屈だと思っているとしたら、そんな世界を創ろうとしてきた結果かもしれません。 でも創ろうと思ってもそんな世界はきっとできないのでしょう。宇宙や自然はいつも人間の予測を超えた動きをします。何が起こるか分からない世界で、人間の予想の中に世界を押し込めようとしても無駄なのです。科学は参考にはなりますが、その知識を過信した時、無駄なことをすることになり、感受性もどんどん乏しくなっていきます。そして世界が退屈なものになっていきます。 そんなことをするよりも、世界に心を開いて、時代の動きを感じて、共に変化をしていく。そんなふうに生きると世界はわくわくすることの連続となります。 昨日(12月22日)は朔旦冬至(さくたんとうじ)でした。冬至と新月が重なる珍しい日で、これが起きるのは19年に一度ということです。太陽が復活に向う冬至と月が復活に向う新月が重なる日。とても特別なものを感じます。この日、木の花ファミリーでは、いさどんとようこちゃんによるインド報告と今日行われる出張木の花塾@船橋「すべては響き〜宇宙視点の性」で行われるプレゼンテーションがシェアされました。 インド旅行中のいさどん(ヒマラヤ山脈を背景にして) 12月10日のみかちゃんBLOG「アジアが一つに、そして地球が一つに・・・インドへの旅が示したものは?」にも書かれているように、このインド報告は僕たちがずっと待ち望んでいたものです。それがこの特別な日にシェアされました。 いさどんは、インドの旅を通して何を思い何を感じてきたのか?それがこの世界にとってどんな意味を持つのか?そんなことが伝わってきて、心が震えました。共にインドを旅することが出来ました。とても豊かな時間を味わいました。ですが、このシェアの途中で僕宛に電話が掛かってきたのです。僕は仕方がないので、少しの間しぶしぶ大人ミーティングを抜けました。電話から戻った後、いいところで抜けなければならない、この流れはなんなのだろう?と振り返りました。その時、思いました。大切なのは内容ではなく、ここで語られているいさどんの精神を感じて受け取ることであり、その精神をこれからみんなで共に生きていくことです。言葉の奥にあるもの。背後に流れている大いなる流れを感じ共有出来れば、細かいところに捕らわれる必要はないのです。途中で掛かってきた電話によりそのことを再確認することが出来ました。 木の花ファミリーの暮らしは、僕たちの個人的希望で生まれたものではありません。世界が、そして時代がこの暮らしを必要としているから出来たのです。僕たちはそう確信しています。いさどんのインドへの旅はそのことをより明確にし、それが世界に広がる予感を与えてくれました。 そして、出張木の花塾のプレゼンです。人々が多くの関心を持ちながらも秘め事になっている性。このプレゼンはその性に新しい光をあて、今まで語られることになかった本当の意味を明らかにするでしょう。今日のイベントがどんな場になるか本当に楽しみです。 気候変動や経済格差、民族紛争や宗教戦争。 今、世界にはたくさんの問題がありますが、それらは人間が科学を武器に思い通りの世界を創ろうとしてきた結果生まれてものなのではないでしょうか?そのような科学は人間に明るい未来を示すことが出来るのでしょうか?...

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