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田んぼ隊チェーン除草にみるスモール・イズ・ビューティフル

木の花茶会と7月~9月期GDP速報値でも引用しているE・F・シューマッハーの『スモール イズ ビューティフル』。この本は石油危機を予言したと言われ、当時ベストセラーになったそうです。

この本の概要をまとめると以下のようになります。
※この本を読んだのは数年前なので、記憶が曖昧な部分もありますが・・・

1970年代、世界は、生産を増やすことで貧困の撲滅を目指していました(ケインズ主義)。ですが、それは有効に働いていませんでした。生産を増やすことでは貧困は解決しないことが明らかになっていました。そして、資源は有限性も問題になりつつありました。この現状で、生産の拡大を続けることは人間社会の破滅につながります。

文明の核心は、欲望を増長させることではなく、人間を純化させることにある。シューマッハーはこのように考えます。そして、経済も人間性を純化させる必要があると考え、仏教経済学を提唱します。仏教経済学は、自然の循環システムに基づくもので、「足るを知る」人々からなる経済です。

この経済を実現するために必要となるのが、中間技術(適正技術)になります。中間技術とは、伝統技術よりは生産性で優れており、資本集約型の大量生産技術のような環境破壊はもたらさない技術です。それは、それぞれの地域に文化・経済・社会に適したものであり、人々のニーズを満たし、環境にも負荷をかけない技術です。

具体的にはどんな技術か?

現代社会では、多くの技術は機械によってもたらされますが、機械化には2つの種類があります。一つは人間の技能と能力を高める機械化、そして、もう一つは、人間の仕事を機械という奴隷に引き渡し、人間をその奴隷に従事者にしてしまう機械化です。

中間技術(適正技術)は前者、人間の技能、能力を高める機械化です。そして、中間技術(適正技術)は、地域の特性を活かすものであるため、地域毎にエネルギーや食の地産地消を促します。そのため規模も大規模なものにはならず、環境への負荷も抑えることが出来るのです。
本の中では、具体例として、小規模水車が挙げられていました。


富士山の麓でチェーン除草しています。
自給自足の生活を基盤とする木の花ファミリーの生活は、この中間技術(適正技術)により成り立っていると言えます。そのうちの一つが、田んぼ隊が行っているチェーン除草です。

天然循環法により作物を育てる木の花ファミリーは、農薬や除草剤は使うことはありません。よって除草作業がとても大きな作業となります。その除草を効率的に行うための技術がチェーン除草です。内径50mm長さ3メートルの塩ビパイプに長さ30cmのチェーンを3cm間隔で付けていく。それを引き摺って田んぼの中を歩くのです。この除草は、雑草が小さいうちにすることが大切で、適期にチェーン除草をすることが出来ると、雑草の生育を抑えることが出来て、その後の作業がとても楽になると言います。環境にも大きな負荷を掛けずに人間の身体を鍛える。そして、作業の効率性が大きく増す。まさに適正技術と言えるのではないでしょうか?

愛とお米があればいい

これは木の花ファミリーが大切にしている言葉の一つです。
僕たちはお米をとても大切にしており、お米の生育を重要な節目としています。
5月には田楽田植え祭り、9月には収穫感謝祭を行い、自然の恵みへの感謝の心を育みます。

5月の田楽田植え祭りの様子

9月収穫感謝祭後田んぼ隊で撮影


木の花ファミリーのお米は、天然循環法により、自然界の奥の響きを感じ、作物そのものが持つ生命力で育ったお米です。購入して下さったお客さまから素敵な感想もいただいています。
豊かな生命力あふれるお米を是非多くの方に味わっていただきたいと思っています。
ネットショップで購入することが出来ますので、是非お試し下さい。

晃ちゃん@人参畑~出張木の花塾にも参加します~

そして、天然循環法について興味を持たれた方は、11月30日に千葉県千葉市で開催される出張木の花塾@千葉「すべては響き~宇宙視点の農」に是非ご参加下さい。
農という切り口を通して、命、そして宇宙の本質を共に感じる時間となることでしょう。





みんなで落花生収穫をしています。





木の花茶会と7月~9月期GDP速報値

11月15日、木の花ファミリーでは、自家製紅茶とパン・スイーツを楽しむ「木の花茶会」が開催されました。

会場中央のテーブルの飾りつけです。
当日は合計38名のお客さんが来店し、ゆったりとした時間を過ごしていかれました。当日、僕は物販を担当しましたが、今回は、恵みいただきますとは違い、会場内に販売スペースを設けていたため、お客さんの様子や会場の雰囲気を感じることが出来ました。
お客さんの数を限定し、会場設営にゆとりをもたせ、その中でBGMが流れ、時々、和子ちゃんがピアノの生演奏をしました。洗濯物を畳んだり、食事をしたり、パソコンをしたり、ミーティングをしたり・・・といつも雑多な使われ方をしているひまわりホールが上品な空間に生まれ変わりました。


会場中央のテーブル飾りつけ
その空間の中で、料理はコースで提供されました。内容は、以下のとおりです。

1、紅茶のミード
2、スイートコーンのポタージュ
3、こんにゃくの燻製とくるみのグリーンサラダ
4、自家製小麦とオーガニック野菜のサンドイッチ
5、コノハナコスコーン 
  ※木の花ファミリーの小麦粉を使ったスコーン
6、洋ナシのソルベ
7、季節のデザートプレート
  ※シフォンケーキやフロランタンなど


アンケート結果からもお客さまに満足していただけたことが伺えて、木の花茶会は成功したと言えるでしょう。良い時間と空間を創ることが出来て良かったです。

木の花茶会で提供されたお料理です。

さて、この木の花茶会ですが、食事代として56,556円の売上がありました。
そして、物販合計は43,598円、すべて合わせて100,154円の売上です。

子どもたちもホールでお客さんを出迎えました。
それに対し支出は、ハニーディスペンサーの購入などで、38,287円でした。ここには、人件費や木の花で生産された材料費は含まれていません。

ここで静岡県の最低賃金に合わせた当日の人件費をざっくり計算してみます。
8時から準備を開始し、会場の片づけは18時過ぎまで行われていました。
これは、労働基準法では休憩が義務づけられる労働時間なので、みんなが1時間休憩したとします。すると労働時間は9時間となります。
メインのスタッフだけでなく、いろいろな人が大なり小なりこのお茶会の準備には関わっていますが、計算の単純にするために15名のスタッフがフルで働いたとします。静岡県の最低賃金は、765円です。
これで計算すると、15名×9時間=135時間。 765円×135時間=103,275円。
103,275円が人権費となります。当日の人件費だけで赤字となる計算です。

当日販売したはちみつです。
ですが、「不可能を可能にする暮らし」で恵みいただきますについて書いた通り、
僕たちは法人との間に雇用契約を結んでいないので、最低賃金を守る義務はないのです。
そして、原材料費のコストも自分たちで生産しているため、それほど大きな数字にはなりません。
なので、このイベントの収支も赤字にはならないです。

準備の段階から試作を重ね、沢山のエネルギーを掛けて創り上げた木の花茶会。
関わっている人の数もお客様の数も決して少ない数字ではありません。
ですが、お金の動きはそれほど大きな数字にはなっていません。
お金では測れない豊かさがあり、それがこの暮らしの魅力となっています。

みんなで集合写真

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ところで、11月17日に、7月~9月期四半期別GDP速報が出ました。
実質年率1.6%減と予想よりはるかに低い数字になっています。
それによりアベノミクスの失敗と阿倍政権を批判する声が高まっています。
経済成長を目標に掲げていたわけなので、確かに今回の出来事は失敗と言えるのかもしれません。ですが、そもそも経済成長を目標に掲げること自体が間違えていると言えるのではないでしょうか?経済成長を目標に掲げる限り、どんな人が政権を担当しても、それは失敗し、批判されることになるのではないかと思うのです。それは「持続可能な福祉社会」で書いた社会状況から伺えることです。

経済成長とはGDP(国内総生産)の成長であり、それは経済の規模を表す数字です。
内容は問いません。病院に通う金額も、壊れたものを修理する金額も含まれます。
そうすると、大きければ良いというわけではありません。
今回の実質成長率減には、企業が抱える在庫の減少(在庫調整)が影響しているという記事もありました。在庫の調整が進むことは好ましいことなのではないでしょうか?
そもそも、環境資源の有限性を考えるとGDPは小さい方が望ましいのではないのでしょうか?

経済の規模を小さくし、多くの人々を幸せにする。

それがこれから求められる暮らしだと思うのです。
木の花茶会はそんな暮らしから生まれたイベントです。

「人間は小さいものである。だからこそ、小さいものはすばらしいのである」

これは『スモール イズ ビューティフル』の中でのE・F・シューマッハーの言葉。

その言葉を実践し、こんなイベントが出来るこの暮らし。
豊かだと思いませんか?










天然循環経済学の誕生!!!

自然農法 → 天然農法 → 天然循環農法 → 天然循環法

この1年で僕たちは農法の呼び名をこれだけ変えてきました。
それは自分たちの実践の変化を踏まえて、より適した名前を求めてのことでした。

10月中旬、畑隊の晃ちゃんから天然循環農法(当時の呼び名)のプレゼンテーションがありました。


晃ちゃん@人参畑
実際の畑の写真を観ながら、現在、木の花ファミリーが行っている農法の説明をしてくれました。

団粒構造の土の様子やキャベツや人参、大根、苺、パパイヤなど、美しい作物の写真を通して、それを生み出している日々の営みが説明されました。

このプレゼンテーションを受けて、「これは農業の枠に留まることではないね」という話になり、天然循環法と名前を変えました。新しく発行された木の花ファミリー通信Vol.80には、この時の晃ちゃんの話が記載されています。以下、その一部を転記しますね。

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気付いたのは、肥料って本当にいらないんだ、ということです。今まではボカシをあげていたけど、ボカシは米ぬかなどの有機物を一度微生物の力によって分解し終えたもの。それよりも、命そのものである生きた作物を次の命へとつなげていくことが、より命を豊かにしていくということに気付いたんです。今年は実験的に、キャベツなどの畝間に大豆を蒔いています。大豆の根には根粒菌がいて、作物の養分となる窒素を固定するので、最初キャベツは余分な栄養が吸えません。
キャベツ畝間の大豆
だけど結球期に入る前のあるタイミングで大豆を切ってやると、今度は大豆が微生物やキャベツの養分となっていく。それには直感で「今だ!」と感じるタイミングがあるんです。こうして育てたキャベツは、本当にやさしい味をしています。人参ももうずっと無肥料ですが、とても清楚で、美しい姿をしています。
 潜象界から現象世界へと命が現れる時、最も小さなものから現象化する(形になる)といいます。そしてだんだん大きなものへとバトンタッチされていく。微生物を増やすといいということは、これまでの自然農法でも言われてきました。しかし天然循環法では、目に見える微生物たちのさらに奥にある世界を観ています。そこは響きだけの世界。現代の科学では捉えることのできない、神の世界です。

 僕は微生物を増やす行為をしている時も、カタカムナのうたいを上げる時も、意識は常にそこを向いています。全てがそこへの働きかけです。そしてそこに遍満する宇宙根源の響きがあるところに達した時、命となってこの現象世界にぽっと現れる。命とは「みこと」、つまり神そのものなんです。そこにたくさんの命があればあるほど、それによって支えられる作物の命は豊かなものになります。その豊かな命によって、僕たちの命もまた支えられていくんです。
全ての生命は、それぞれの響きを持っています。僕たちの発する響きが、そのまま命として表現されていく。天然循環法とは、完成形を作ろうとすることではなく、元の響きを響かせ、その命が本来の生命力のままに自ら完成形となっていく場を整えることなんです。

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命とは「みこと」。神の御言(みこと)から生まれた御事で神そのもの。
その命が命を支えていく。
天然循環法はその場を整えていきます。

天然循環法には大きな可能性が秘められていると思います。

今、学問は細分化されていると言われていますが、
天然循環という視点で細分化された学問を統合していくことが出来ます。
そして、天然循環は実践から生まれた理論であり、目指すべき姿勢を示しています。
つまり理論と実践の統一を図ることも出来ます。

宇宙の始まりから現在に至るまで。
「ひとつらなりのいのち」としての流れがあります。
この流れは未来に渡って続いていきます。
そんな大いなる視点の元に人間の営みを位置づけることが出来るのです。

もちろん経済も人の営みとして、この流れの中に位置づいています。

それは、天然循環経済学と言えます。

天然循環経済学は、「仕組みに頼るのではなく」で書いた、
仕組みを生み出す心を表現するものであり、流れを表現し人々に感じてもらう経済学です。

それは既存の学問から観たら科学とは言えないものかもしれませんが、
きっと人々に多くの希望と可能性をもたらすものになることでしょう。

そんな経済についてこれから少しずつ書いていきます。


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ところで11月30日に千葉県千葉市で「出張木の花塾」が開催されます。
テーマは「すべては響き~宇宙視点の農」です。
天然循環法について詳しく知ることが出来る絶好の機会です。
是非、ご参加下さい。

前回の「出張木の花塾」に参加された皆さんです。



仕組みに頼るのではなく ~EUの事例から~

NHKクローズアップ現代「ベルリンの壁崩壊から25年①帰路に経つヨーロッパ統合」を観ました。

2つの大戦を経験したヨーロッパは、同じ過ちを繰り返さないために早くから統合へ向けた動きがありました。ですが、東西冷戦のため、その動きは西側諸国に限られていました。

ベルリンの壁崩壊
1989年11月9日にベルリンの壁崩壊によりそれが変化します。
翌年には、ドイツが再統一を果たし、その後、東ヨーロッパの国々の加盟が進んでいきます。
現在、欧州連合(EU)の加盟国は28か国にまで増えています。

2012年にはノーベル平和賞まで受賞したEUですが、加盟国間の経済格差が広がる中、
今年行われた欧州議会選挙では、「反ユーロ」「反緊縮」を掲げるEU懐疑派が躍進しています。

一つの欧州という理想は、経済格差という現実の前に、なかなか進まない状況です。

そして、今、ウクライナ情勢をきっかけにロシアとの関係も悪化し新たな冷戦を迎えつつあります。
ロシアとの関係悪化に関しては、欧州連合の拡大と共に、
軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)も東側に拡大したことが影響しています。

番組を見ていてなんとなく思ったことは、一番大切なのは仕組みではないということです。

EUは統一通貨や市場統合、自由な人の移動など様々な仕組みを生み出していますが、
一つになれない現状があります。

頭で仕組みを考えだす。そしてそれを現実に適用していく。
そういう形では現実は動かないのだと感じました。

例えば、田中優さんは今の社会を変える仕組みをたくさん提案してくれています。
その仕組みは説得力があって、それを適用しさえすれば世の中は良くなる!と思えます。

でもそうではないのだろうなとあらためて思いました。
仕組みには心が伴っている必要があります。
ただ形だけ当て嵌めるのではなく、一人一人の心が成長し、その成長が仕組みを生み出す。
そうなった時、初めて仕組みは生きたものとなっていくのでしょう。

優さんの話にしても、その価値は、提案する仕組みの鮮やかさにあるのではなく、
その話から勇気を得て、行動する人が生まれ、日常に落とし込むことにあります。

大切なのは仕組みよりも勇気であり心。
当然と言えば、当然のことなのかもしれません。

そして、木の花ファミリーの経済を語る時も、本当に大切なのはその仕組みではなく心です。
優しくユニークなので、その仕組みでみんなが幸せになれると僕は考えていましたが、
その発想は間違えていました。

この仕組みを生み出している心が大切であり、それを語る経済学が求められているのです。

それは固定的な仕組みを語るものではなく、流れを表現し、人々に感じてもらうものでしょう。
そんな経済学について、今後このBLOGで語っていこうと思っています。

キーワードは「天然循環」です。





無駄から学んでいく。~社会的共通資本を土台に~

NHKクローズアップ現代「人間のための経済学 宇沢弘文  格差・貧困への処方箋」を観ました。

先月、86歳で亡くなられた経済学者、宇沢弘文さんの特集です。
効率追求の経済が人々の格差を拡大し、貧困を生み出すことを察知した宇沢さんは、
人を幸せにする経済を探求し、「社会的共通資本」を提唱しました。

社会的共通資本は、自然や道路、教育や医療など人が生きていく上で必要不可欠なものをいい、これらについては市場原理から切り離し、市民の手で運用していくことを提案しています。

そうすることで、「ゆたかな経済生活を営み,すぐれた文化を展開し,人間的に魅力ある社会を安定的に維持する」ことを可能にしていきます。

番組の中で宇沢さんも「大切なのは心」と仰っていましたが、
社会的共通資本とは、人間にとって必要不可欠な財産をみんなで共有していくことを意味します。
そこには分かち合いの心が当然求められます。

自分は優れているのだから人より多く欲しい

例えば、こんな心が人々に浮上してしまったら、上記の取り組みは成り立たないでしょう。
幸せな社会を築き上げるためには、一人一人が自らの心をしっかりと見つめ、
成長していく必要があるのだと思います。

ところで、木の花ファミリーでは最近、無駄について話し合っています。

モノを壊した時に掛かる修理費。
必要以上に贅沢な品物を購入すること。

そのような出費がここ最近続いてしまいました。
それは本来必要のない出費であり無駄遣いとなります。
日常の中に無駄があるということ。それはそのまま心の現れです。

木の花ファミリーの暮らしは汗水を垂らし自然の恵みをいただくことで成り立っています。
100円の背後には多くの労働や自然からの配慮があります。
そんなふうにして得ているお金ですから、感謝し大切に使っていきたいものです。

みんなで休憩しています。


エゴマ脱穀の様子です。


無駄遣いが出来るということは、感謝の気持ちを忘れているからであり、
日常生活では、どこか意識がぼけていて、安直に物事を進めてしまうことに繋がります。
そんな時は人に対する態度も繊細さや優しさが欠けたものになりがちです。

今はそんな自分たちを振り返る機会となっています。
その際、落ち込むのではなく、無駄を生かしていくことを心掛けるようにしています。
先のことは誰にも分かりません。今の無駄が後になって生きることもあり得るのです。
大いなる流れに心を委ねること。出来事の背後にある意思を感じること。
そういう姿勢も大切になります。

地球は人類が生きていくのに十分な恵みを与えてくれています。
ですが現状は、格差が広がり、貧困や飢餓が生じてしまっています。
分かち合う心により、現状を変えて社会的共通資本を育むことが可能となります。
そして、それは人々に安心感を与えてくれるでしょう。

その安心感は土台となり、人々を更なる成長へと導きます。
安心に浸り感謝の気持ちを忘れてしまってはいけません。
安心出来る暮らしを土台にして、日々の中で自分の振り返り心を磨いていくこと。
それがみんなで出来るようになった時、理想の世界が実現していくのだと思います。

僕たち木の花ファミリーはそんな世界を目指しています。


消費税から財政論、そして木の花ファミリーの経済から世界を見る

最近、2015年10月に予定されている消費税10%への増税が話題になっています。
この増税については、「経済状況などを勘案して判断する」ことになっていて、
年内に阿部総理が最終判断をすると言われています。
どのようになるか注目されるところですね。

平成26年度予算(国税・地方税)は合計89兆2968億円で、
消費税と地方消費税はそのうちの20.5%を占めています。
(※酒税などを含めて消費課税全体では33.9%になっています)
そして、所得税や法人税など所得課税が51.3%を占めています。


国税だけで見た場合も、消費税、所得税、法人税の合計で80%に達して、これらが税収の3本柱になっています。
そして、社会保障費などの財源を確保するためには増税が必要になるが、所得税や法人税は増税が難しい。加えて、消費税のみがグローバル化に対応しているので、消費税を増税していくのが望ましい。


そんな内容が東洋経済ONLINEの「間違えだらけ!消費増税議論のナゾを解く」という記事には書かれていました。
なるほどと思いましたが、それに加えて、税収の中で、相続税や固定資産税など資産課税の割合を増やしていくことも大切になるかと思います。また環境税の導入も重要になるでしょう。

所得税や法人税、消費税は「お金の流れ(フロー)」に対する課税です。
一方、贈与税や固定資産税は「資産(ストック)」に対する課税です。

租税の役割には、富の再分配機能があります。

消費税や所得税、法人税が大きな割合を占めているということは、
富の源泉が「フロー(毎年の生産活動)」にあることを示しています。
これは経済成長をしている社会にとっては理に叶ったことで、
拡大し続ける生産活動(消費活動)に課税をすれば、自ずと税収は増えていくのです。

ですが、『持続可能な福祉社会』でも書いているように、
これからの社会は定常化社会となっていきます。
生産活動(消費活動)は減少し、そこからの税収は減っていくでしょう。
今後は、今まで生産してきた「資産(ストック)」を活用することが重要になってきます。
つまり富の源泉は、「資産(ストック)」になっていき、それは有限なのです。
有限な資産(資源)を再分配し、守っていくためにも、
これからの社会では、資産課税や環境税が重要になっていくではないかと思うのです。
それらを社会保障費に使っていくことで人々の生活に安心をもたらすでしょう。

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ここまでの文章は、千葉大学教授、広井良典さんの著書を参考にして書きました。
広井さんの文章はビジョンから具体的政策まで一本芯が通っていて、とても参考になります。

ですが、一番の基本はやはり心なのだと思います。
広井さんも心を育む基盤として、コミュニティ、自然、スピリチャリティを重視していて、
その関係性のあり方について考察しています。そして「つながり」をキーワードに挙げています。
「つながり」が上記の政策の基盤となります。

僕は、分かち合う心をみんなが持つことにより、富の再分配も有効に働くと思っています。

日本のすべての人々を自分と共に生きる存在、一つの家族のように思えるか?
世界のすべての人々を自分と共に生きる存在、一つの家族のように思えるか?

大切なのはそういう気持ちを育むことなのだと思います。

木の花ファミリーは血縁を超えて、みんなと家族のように暮らしています。
コミュニティの生活の中で、自然の恵みをいただき、神さまに心を向けています。
それは自分のエゴと向き合い、それを手放し、解放していく生活です。
その生活が分かち合う心を育み、それが世界に広がると信じて暮らしています。
そんな想いを多くの方と共有しつながっていけたらいいなと思っています。


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ところで、木の花ファミリーは昨年初めて消費税を支払いました。
その額は約60万円で、僕たちにしてはとても大きな数字でした。
これから毎年、同等かそれ以上の金額を払っていくことになるかと思います。

なぜ一昨年まで支払っていなかったかというと、課税対象ではなかったからです。
木の花ファミリーは2011年3月に農事組合法人として法人成をしました。
法人設立から2年間は消費税の課税対象とはならないのです。

そして法人設立前は、僕たちは個人事業主の集まりとして営農活動を行ってきました。
売上はメンバー全員に均等割りされます。
全体では5,000万円を超える売上も、メンバーで均等割りすると200万以下となります。
消費税課税対象の売上1,000万円を下回り数字になるのです。
※所得に関しては、ここから経費を控除するのでさらに低い数字となります。

6年前、木の花に来た時、その経済の仕組みの面白さに感動しました。
誰のアイデアだろう?と思ったら、なんと税務署の指導に従ったとのことでした。
普通ではなかなかない木の花ファミリーの事業形態。
それに適した課税方法を税務署が調べてくれたということです。
とても有難い話ですよね。

木の花ファミリーの生活は、思惑を持って創られたものではなく、
その時その時の出会いを通して、その出会いに心を開くことで創られたものです。
生活も経済も常に変化していきます。
僕自身も心を開くことで、そんな生活から学びを深め、その経済を記述し続けていきます。
それはきっと宇宙からのもので、世界を一つにする物語であり経済です。
それをどんどん発信していきます。

これが僕の大志!!!

でも語っているだけでなく日常の地道さ作業こそを大切にしなくてはいけませんね。






持続可能な福祉社会

前回の投稿「お金とは何か~自分のお金とみんなのお金」を読んだ方から、
以下のような意見をいただきました。

税金も社会を支えるためにある「みんなのお金」と言えます。

木の花ファミリーのような生活をしていると個人所得が少なくなり、
納税する税金も少なくなります。
日本の税収が少なくなることは、「みんなのお金」が少なくなることであり、
社会インフラの整備が滞り、国が不安定になり、
人々は不幸になっていくのではないのでしょうか?
そのことについてどう考えますか?

この意見に対して、僕は以下のように答えました。



税収が少なくなると国が不安定になり、人々が不幸になるかというと、
必ずしもそうとは言えないのではないでしょうか?

税収の大きさとは経済規模の大きさです。
近年、様々な機会に言われていることです。

大切なのは、収支のバランスだと思います。

仮に私たちのような暮らしを多くの方が始めたら、
支出は抑制されるでしょう。
現在、食糧の輸送には、多大な経費と環境負荷が掛かっていますが、
自給自足の暮らしはそれを最小限にすることが出来ます。
また人々が健康に暮らすことにより、医療費(保険料の支出)も抑制できるでしょう。

この暮らしは国を含めた人々の収支バランスを健全なものに導くと思っています。

~ ~ ~


上記の言葉の根拠としては、他にも、千葉大学教授の広井良典さんの研究があります。

広井良典さんは、
『持続可能な福祉社会』『定常化社会』という本を出版し、
新しい社会に必要な概念としてそれらの言葉を広めています。

定常化社会とは、「経済成長ということを絶対的な目標としなくても十分な『豊かさ』が実現されていく社会」であり、ゼロ成長社会と言い換えることも出来ます。

日本社会は今、人口が減少し、少子高齢化しています。労働力人口は縮小していきます。
また環境問題は、資源の有限性を示しています。

この2つの要因を考えた時、経済活動は定常化する必要があり、
そこでは、量の増加ではなく、質の向上が求められます。

福祉政策や環境政策を考える時、今までは別個に考えられていましたが、
これらを統合的に捉える視点が必要になります。

持続可能な福祉社会

環境政策と福祉政策の統合を表すこの言葉は、
これからの社会にとって重要な概念になってくると思われます。

日本の社会保障は、今まで、公共事業と終身雇用・年功序列がその役割を果たし、
年金や生活保護がその補助をしてきました。
国は公共事業により道路建設など様々な仕事を会社に提供し、会社は人々を雇い入れる。
それにより人々の所得が保障されます。
そして、そこからリタイアした人々には年金を支給し、
ドロップアウトした人々には生活保護を支給して来ました。

ですが、これらは今、機能していません。
公共事業は財政赤字を累積させ、環境破壊にも繋がります。
終身雇用・年功序列も崩れ始めています。
年金や生活保護の支給は財政を圧迫しています。

社会保障は方向性の変化が求められているのです。

その方向性として、広井さんは以下のことを重視しています。

若者へ所得の再分配を行うことにより教育と雇用の機会均等を保障すること。
住宅、土地、資産などストックに対する社会保障を充実させる。
現金支給よりむしろサービスの充実を図ること。
一人一人の労働時間を減らし、みんなで仕事を分け合うこと。
家族や友人、地域社会など「お金を介さない」関係を豊かにすること。
労働へ課税するのではなく、資源消費に課税をしていくこと。(環境税の導入など)

これらは、持続可能な福祉社会へ向けたと取り組みとなっていくものです。
カタカムナから観た経済システムで述べた循環型経済の渦と重なり、
それは、コミュニティや自然、ケアや公共性等々に関わる,
人間のより高次のニーズや欲求を満たすものになっていくことでしょう。

広井さんのヴィジョンを僕なりにまとめるとこんな感じとなります。

~ ~ ~

木の花ファミリーの生活は、人と人、人と自然が調和した暮らしを心掛けています。
赤ちゃんからお年寄りまでみんなで助け合いながら暮らし、
エコロジカル・フットプリントは地球1個以下の数値となっています。
みんなに優しく、地球環境から見ても持続可能な暮らしです。

20年間、コミュニティとして成長してきた木の花ファミリーの暮らしは、
すでに持続可能な福祉社会となっています。
確かに納税額は小さい数字になっていますが、
それは、人や自然と調和した数字であり、
支え合うことで人との関係を豊かにしています。

お金は天下の回りもの。入っては出ていきます。
その循環が人々を幸せし、自然を豊かにすることが大切なのだと思います。


みんなでシルバーメンバーの誕生日を祝っている写真です。








カタカムナから観た経済システム

木の花ファミリーでは月に一度、カタカムナ勉強会が開催されます。

昨日から今日に掛けて、このカタカムナ勉強会が行われました。

カタカムナとは、上古代(何千年~何万年前とも言われる)に日本列島に存在したとされるアシア族の文明の呼び名で、彼らの用いていた文字をカタカムナ文字、文献をカタカムナ文献と呼びます。以下の写真は、カタカムナ文字を用いた文献のものです。



八鏡文字(カタカムナ第5首)





カタカムナ文字は八鏡文字(はっきょうもじ)と呼ばれ、カタカナの元になっていて、イロハ48音を表しています。一つ一つの文字には魂が込められていて、それは「言霊(ことだま)・音霊(おとだま)・数霊(かずたま)」となり、宇宙を創り上げています。

カタカムナの文献は、「ない世界」から「見えない世界」、「ある世界」へと万物が生成し、消滅していく姿を描いています。それを学ぶことは、宇宙の法則を知ることであり、そのウタイを奏上することは、個人個人の「自我(エゴ)」が生み出す歪みを正し、元の「偏り」を取り戻すことに繋がります。

※物理的事象が生まれるということは、それ自体が偏りの発生と言えます。宇宙の法則に基づいた元の偏りは調和の中にあり、世界に多様性、豊かさをもたらしています。ですが、そこに個人個人の自我(エゴ)が加わることにより、その偏りが歪められたり増幅されたりして、バランスを欠いていくのです。

僕たちは日々の暮らしにカタカムナのウタイを取り入れています。
それは日常の出来事からの学びとセットとなり、
人と人、人と自然が調和した暮らしへの取り組みとなります。

毎回、様々な話題が飛び出すカタカムナ勉強会。
今回は、経済システムについても話題となりました。

発展拡大を続ける現在の経済システムですが、
それは環境問題や経済格差など多くの歪みを生んでいます。
満たされない自我が、もっともっと・・・と求め続け、
大量消費をしている状態です。
それは際限まで行けば、そのまま消えてなくなりますが、
そこまで行くと、多くの傷跡が地球に残ります。
ひょっとすると人類も消えてなくなるのかもしれません。

生活にカタカムナを取り入れることは、一人一人の自我の確立に繋がります。
その時、物質的豊かさでは満たすことが出来なかった自我が満ち足ります。
すると、捕らわれのない視点で世界を眺めることが出来ます。

今、この世界には、次から次へと2種類の渦が湧き上がっています。

一つは、我欲に基づく、経済発展の渦です。

それが次から次へと湧き上がっています。
現在の経済システムはこの渦から生まれています。
無自覚に生活することは、この渦に飲み込まれることを意味し、
環境破壊や経済格差を助長することになります。

もう一つは、調和の精神に基づいた循環型経済の渦です。

木の花ファミリーの暮らしはこの渦の一つであり、
それは今、この世界で少しずつ広がっています。

この二つの渦は共に支え合いながら、存在しています。
どちらの渦も完全になくなることはありません。
バランスが取れた状態で交じり合うことで豊かな世界が生み出されます。

近代社会以降、経済発展の渦が猛威を振るようになっています。
2種類の渦は、バランスを失い、人間社会は危機に陥っています。

木の花ファミリーの暮らし、その経済のあり方は、
循環型経済の渦を生み出し、
この世界のバランスを取り戻すものの一つです。

それは宇宙の流れであり、人類の歴史の中で、必然の動きです。
その確信の中で僕たちは生活しています。


以下の写真はカタカムナ勉強会の様子です。




木の花ファミリーで金庫番になって・・・・

2009年5月20日。

僕はそれまで6年間勤めていた公立中学校事務職員の仕事を辞めて、
木の花ファミリーへ移住しました。

ファミリーに移住したばかりの僕。
その僕に言い渡された役割は、なんと!金庫番でした。
その理由は、「顔が四角いから」

来たばかりの自分に経理を任せる木の花ファミリーの懐の広さを感じました。

あれから5年以上の歳月がたっています。
その間、様々な経験をしました。
いつもいつも木の花ファミリーのお金の動きは肌で感じてきました。
そしてそれはもう身体に染みついています。

心臓、肺、脳、目、口、鼻、喉、背骨、右手、左足、踵、髪の毛、爪・・・・
様々な機能を持った個性豊かな器官が集まり人間の身体は出来ています。
それらはお互いの機能を存分に発揮し、一つ一つの動きを生み出しています。

木の花ファミリーも同じように個性豊かな人々が集まり、一つの世界を生み出しています。
一人一人がその個性を存分に発揮し、一つの動き、流れを生み出します。

お金は木の花ファミリーの中を循環し、すべての人の必要を満たします。
血液が身体を流れ、すべての器官に栄養を与えるように。
そしてその流れは外の世界へと広がっていきます。
以下の図はその流れを示したものです。







このBLOGでは木の花ファミリーの経済を紹介すると共に、
今まで積み上げてきた実践から感じること書いていこうと思っています。

どうぞよろしくお願いします。


木の花ファミリーホームページにも経済の説明は書かれています。
是非お読みください。



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