木の花ファミリーは、一人一人独立した個人が集まり一つの経済を生み出しています。その暮らしは、とてもユニークで優しく本質的な平等が実現しています。天然循環法による恵みをいただき宇宙を語る木の花ファミリー。お金を通して心を表現していきます。

自らの感情を天に委ねる

人生をファシリテートする


現在、木の花ファミリーで開催中の1ヶ月間の真学校、その様子が真学校ブログにて随時発信されています。今回はその中で3日目午後「ファシリテーション~人生をファシリテートする」で語られている言葉を引用したいと思います。

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自分自身の中に湧いてくる様々な思考を仕分け、取捨選択し、時代の流れや宇宙の法則に沿うように自分自身をファシリテートする能力が、これからの人類には必要とされます。『人類に』と言うと大きなことのように聞こえますが、『あなた自身の人生に必要とされている』と置き換えれば、身近な話になります。大きくても小さくても同じです。例えば自分の周りを小さく区切れば「家族」や「会社」という単位になりますが、それを大きくすれば地球になります。そういう中に、私たちは生きているのです。
私たち一人ひとりの体は、60兆個の細胞からなるひとつのコミュニティです。それをファシリテートしているのは、実はあなたではないんですよ。あなたは、その60兆個の細胞をファシリテートしている存在があることを知るべきなんです。あなたがいくら「これは自分の体だ」と言っても、それは何ものかにファシリテートされることによって健康に保たれているのです。
ところが、その健康に保たれているものをダメにするのは、あなた自身です。ということは、あなたと、あなたを含めた全体をファシリテートしているものとが連携していくことが、あなたの人生を健全にし、社会を健全にします。その全体をファシリテートしているものとは、時代や、天体の動きです。
そのことに目覚めると、自分を含めたすべてをファシリテートすることにつながっていきます。これまでの「ファシリテーション」とはただ会議を円滑に進めるための手法でしたが、これは人生のファシリテーションであり、人類の目覚めとなる重要な捉え方なのです。

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この発想はとても面白いと思いました。ファシリテーションの概念を会議の場から日常生活に広げ、しかも「ファシリテートしているのは自分ではない」と言い切っています。プレゼンには「時代が時代をファシリテートしている」という言葉が出て来ますが、僕ら一人ひとりの人生はその時代の中で営まれています。そのため常に時代の影響を受けているのです。

出会う感情を楽しむ


ところで、「波のように生きる」でも書きましたが、ニュースで流れている話題は同じパターンの繰り返しになっているように思えます。

〇〇は脅威だ。
○○に対抗するために○○に近づく。
○○は日本の景気にとって良いことだ。

事柄は違っていても、どの話題でも表面的な損得勘定に基づき状況を判断し反応しています。そして、そこには人々の感情の動きがあります。

湧いてくる感情。それは自然発生するように思えるかもしれませんが、そうではありません。僕たちは瞬間瞬間、自らの感情を生み出しているのです。そこには自らの意志が反映されています。ただそれは瞬間の出来事であり日常の中で繰り返され定着してしまっているので、自らの意志の働きが見えなくなっているだけなのです。

自らが生み出した感情は世界に反映されていきます。今の世界は人々の感情の表れであり、それは簡単に言ってしまえば、利己的なアピールの心と言えます。例えば選挙でも具体的な政策の善し悪しはあまり話題に上らず自らの存在を上手にアピールした議員が当選されていきます。上手にアピールした人が成功する。そのため人々の関心はいかに上手にアピールするかに向います。その結果、実質が伴わなくなり、社会は混乱していくのだと思います。

アピールは自分を他者(世界)から切り離しているから必要になります。アピールによって世界が動いているということはそれだけ人々がバラバラに切り離されているということです。それは2012年12月21日に銀河の冬至を迎えた時代の流れと呼応しています。2012年の冬至まで時代は闇、分断のピークに向って進んでいたのです。そして時代は今、銀河の夜明けを経て光、統合へと向かっています。なので、その時代の流れに身を委ねると自ずと健全になっていけるのです。

ですが現状を見ると、人々の心は分断の時代の名残が色濃く残っています。そのため社会は未だ混乱したままとなっていますが、このままだと人類は時代に淘汰されてしまいます。年々早まるアース・オーバーシュート・デーなどは人類に対する警告といえます。そうならないためには、分断から統合へ、自分から世界へと心を開いていく必要があるのです。そして、それは光への道であり、希望溢れることなのです。

日々湧いてくる感情。そこには分断の時代の名残がありアピールの心から大きな影響を受けています。そこに気づきそこから自由になることで新しい時代に向けて自らを開いていけます。自らの感情の出どころを見抜き自分を自由にしておく。そうすることで感情も自我の囚われから解放され自由に展開されていきます。僕は今、そんなふうに自分をファシリテートすることを心掛けています。そうすると湧きあげる感情は新鮮なものとなり予測不能なものとなっていきます。それは感情も本来、自然の法則に基づくものであり、自然は人間の理解を超えて変化変容を繰り返すものだからでしょう。

きっとこれから僕に湧き上がる感情はどんどん予測不能なものとなっていきます。だけれどもそれは天からもたらされたものであり、きっとすべての存在を繋げていきます。だからわくわくしながら出会う感情を楽しみます。それは一人の人間のささやかな実践ですが、きっと世界平和へと至る実践です。

僕はそう信じています(^-^)

昨日(26日)の富士山と朝日です。23時58分が新月でした。






波のように生きる

ロシア軍が「クリル諸島」への師団配備を公表しました。このことに関して以下の記事を目にしました。

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「クリル諸島」への師団配備を公表

ロシア軍が新たに1個師団を「クリル諸島」に年内に配備するというニュースが大きな注目を集めている。222日にロシア議会の公聴会に臨んだショイグ国防相が明らかにしたものだが、クリル諸島といえば千島列島と北方領土を含むロシア側の名称であるため、これを「北方領土への」新師団配備と解釈する報道も多いようだ。
また、日本政府も「北方四島でロシア軍の軍備を強化するものであるならば」との条件付きでロシア側に遺憾の意を表明したことを明らかにした。
ただし、冒頭で述べたように、ロシア側が発表したのは(北方領土を範囲の一部に含む)「クリル諸島」への師団配備であり、我が国の北方領土に新たな部隊配備を行うと明言したわけではない。


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そして静岡新聞を手に取るとこんな記事が載っていました。

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【ウラジオストク共同】ロシアのショイグ国防相は22日、クリール諸島(北方領土と千島列島)に新たな師団を年内に配置する意向を示した。新設する4個師団のうち1個師団を配置するという。師団の詳細は不明だが、配置先は北方領土とみられ、4島の防衛力が強化される形となる。下院での発言をタス通信などが伝えた。

 昨年12月の日ロ首脳会談での合意を受け、日ロ政府は北方領土での共同経済活動の実現に向けた協議を進めているが、ショイグ氏の発言はそれとは関係なく北方領土の防衛強化を進める意思を表明した形。配備先が北方領土であることが確認されれば、日本政府が反発する可能性が高い。


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多少表現がぼやかしてありますが、この記事からは、ロシアが北方領土に新師団を配備しようとしていると読み取れ、最初の記事とはニュアンスが異なってきます。微妙な違いだけれども大きな違いのようにも感じました。そして、これらの記事を見ながら以下のようなことを思いました。

日々いろいろなニュースが流れていますが、題材が違うだけで、同じパターンになっています。〇〇が脅威だ。〇〇に対抗するために〇〇に近づく。〇〇は日本の利益に繋がる。〇〇のために大きな損害が生まれた。こんな感じの報道がなされていますが、それは今の人々の物事に対する反応パターンなのだと思います。

世界には脅威がある。そして、敵と味方がいる。そんな中で自分の得となるように、損をしないように行動していたい。

こんな視点で物事を見て、出来事に対して反応していて、それはロシアの師団配備についても同様で、その出来事を冷静に眺めるよりもパターンに基づいて反応しているのだと思います。そのため正確な表現は二の次となってしまっているのです。そして、その反応パターンは現実を強化していきます。

自らを分けると書く「自分」は、世界の中で自分を分けて際立たせる動きをします。それが世界に多様性と彩りを与えているのですが、どんな彩りを与えているかを見極める必要があります。今の人々は表面的な損得勘定に基づき、自分を際立たせています。その視点から見ると、世界は脅威であり敵と味方がいるのです。これは一つの視点に過ぎないのですが、多くの人が持つことで世界を覆ってしまっています。その結果が今の混乱した社会となって現れているのです。

この世界は本来一つです。敵味方なくすべての存在が大いなる流れの中で生かされています。誰も単独で存在することは出来ません。この大いなる繋がりの中で流れにそって自分を際立たせる。そんな動きを取ることが出来れば、調和の中で多様性と彩りが生まれていくのです。

それは海に生じる波のようなものです。様々な形となって現れる波ですが、次の瞬間には海と一体になっています。波は個の表現ですが、次の瞬間には全体と一体となり、そして次の瞬間には違う形となって現れます。こんなふうに個と全体とを行き来しながら自分を表現していく時、それは大いなる流れを促進するものとなり美しいハーモニーとなって現れていくのです。

木の花ファミリーの暮らしはそんな世界に向けての実験ですが、そこから今、一つの流れが生まれようとしています。それが3月21日オープンのカフェ&ショップ・ロータスランドで、昨日、看板も設置されました。




今、メニューも試作を重ねているところです。オープンの際は是非、遊びに来て下さいね。


こちらは日替わりランチの試作です。




ささやかな動きの中に宇宙を感じる

例えばどんな感情が沸いてきたとしてもその感情から距離を置いておくこと。落ち込んだり悲しんだりというネガティブな感情ばかりでなく、喜んだり楽しんだりというポジティブな感情からも距離をおいておく。すべてから自由になりただただ湧いてきた感情を冷静に眺め楽しむこと。そこの価値判断は必要なくて、ただ自由であること。

こんなふうにしていると感情はすぐに変化していきます。どんな感情が沸いたとしても次の瞬間には別のものになっていくわけで、それほど気にすることはないのです。

感情はその瞬間の自分を表している。

ただそれだけです。

忙しい時に頼まれごとや電話が続き、自分の仕事に集中できない時、それは自分の心がそういう流れを生み出しているということ。

僕の心が仕事に集中する準備が整っていないのです。

心がすべてを創っている。

僕はそれを全面的に信じることに決めています。こんなことを書くと、自分の都合の良い現実を生み出せると勘違いをする人もいるかもしれませんが、これはそういうことではなく、起きる出来事をただただ自分の顕れとしていただくことなのです。そして、変化変容を本質として天の法則にすべてを委ねていきます。これは依存的な態度ではなく自らの意志を掛けた積極的な態度でもあります。

忙しい時に頼まれごとがあると焦る気持ちが生じてきます。でも焦る必要はありません。その頼まれごとは自分の心がまだ仕事に集中する準備が整っていないことを教えてくれているだけなのです。だからただ淡々と対応しながら自分の心を整えていきます。そうしていると仕事に集中する流れがやってきます。焦る気持ちはすぐに消えていきます。その感情は結局自分が生み出しているだけなのです。

別にこれはすべての頼まれごとに応じるのがよいというわけではありません。状況によっては断ります。ただその時、焦る気持ちはいらなくて、自分の感情を離れて状況を冷静に判断し決断すればよいのです。

自分自身を映画の中の主人公のように離れて眺める。映画の主人公の感情を追うように自分自身の感情を追っていく。そしてそれを楽しんでいます。ネガティブな感情もネガティブな状況も物語として捉えたら楽しいものです。そこから世界がどんなふうに展開するのかを眺めていればよいのです。

今年の立春正月を境にひっくり返った僕は、天の法則の下に生きています。それは失敗しないとか完璧とかいうことではなくて常に変化変容し続けるということです。

自分から世界を眺めて世界を変えようとしてもなかなか出来ませんが、世界から自分を眺めて自分を変えていくことは自分の意志で出来ることです。天の法則の側から自分を眺めて自分自身をその表現としていくこと。それは自分が変わった結果、起きる出来事はすべて天に委ねる生き方で、未来は常に分からないことなのです。

結末が分かった映画がつまらなくなるように人生も結果が分かるとつまらなくなります。面白さよりも自分の都合を優先すると先が知りたくなりますが、それは天の法則に対する信頼の欠如と言えます。

自分の存在はこの世界のありとあらゆるものにより生かされて存在しています。自分で生きているという錯覚を持つことが出来て、自分で人生を切り開くことも出来ますが、それは本当ではありません。その行動は天の手のひらの中で遊ばされている状態です。手のひらにいることに気づかず自分の想い、自分の想像という狭い範囲に世界を閉じ込めているのです。

天の存在に気付いたら、そして天にすべてを委ねたら、自分の人生は天そのものとなっていきます。その時、世界は自分の想像をはるかに超えるものとなり常に新鮮なものとなります。

どんなふうになるか全く予想が出来ない映画を楽しむように、宇宙の始まりから今に続く物語に参加しながら眺め楽しんでいます(^-^)

木の花ファミリーでは今、3月21日にオープンするカフェ&ショップ・ロータスランドの開店準備、そして開催中の1ヶ月間の真学校で賑やかな毎日を送っています。これは世界全体を物理的に眺めたら豆粒のような場所で起きているささやかな動きですが、大いなる流れが生み出したものだと感じています。

ささやかな動きの中に宇宙を感じる。

世界中の人々がそんな生き方をしたら、離れていても心は一つで共に一つの動きを生み出していけるのだと思います。そのためにはニュースで流れる情報を共有するように物理的な情報を共有する必要はなくて、ただただこの世界を生み出している一つの動きに意識を向けたらいいのです。

きっとそうだと思います。

だから天に意識を向けることは平和へ向けての一番の行動となるのです。

ロータスランドで提供予定の日替わりランチメニュー(500円)です。









淡々と清々しく生きる

農事組合法人木の花ファミリーの法人税申告期限は2月28日です。締め切り期限を目前にして忙しい毎日を送り疲れがピークに達しています。その影響からか思考が自分の大変さをアピールする方向に向かいがちになっています。

アピールする心は他人(世界)と自分を切り離すことで生まれます。関心が自分ばかりに向うことで世界との間に距離が生まれ、それを埋め合わすように他人(世界)に対してアピールをしたくなるのです。(「だからひっくり返ることが大切」参照)

今の社会ではテレビCMをはじめ様々なアピールで溢れかえっていますが、それは多くの人々の関心が自分ばかりに向いている証です。自分に関心が向いているので、人と接する時、繋がり合おうとするのではなく、自分を受け入れてもらおうとするのです。

今までみんなが自分をアピールし、より多くの人に支持される人が社会を動かして来ました。トランプ大統領はそんな社会の象徴で、そこには中身がなく世界は混乱の一途を辿っています。それはアピールし合う社会が終わりを迎えているということです。

すごく簡単に書いてしまっていますが、大まかな流れとしては間違いないと思います。
そんなわけでアピールしたくなる心はその都度手放しています。

話しを法人税申告に戻して。

確認作業や入力作業が沢山あり、毎年法人税の申告は間に合うかどうかギリギリになります。それは今年も同様でプレッシャーに襲われることになるのです。今年はそんなプレッシャーに襲われながらも敢えてブログを書き続けています。この投稿は2月に入って10個目、2~3日に1個の頻度で更新していることになります。

これは僕にとって一つの実験であり、チャレンジです。

やることが沢山あると、そのことばかりに意識が向くようになりますが、それは自分にばかり意識が向くのと同様で健全ではありません。なので天に意識を向けて、そこから自分を眺める時間を大切にしています。そして、湧いてきたことをそのままブログに書いています。もちろんしっかりと結果を残すことは大切で、そこに向けて努力をしていきますが、それ以上に自分の心をコントロールすることが大切なのです。僕は今までこのブログでそういうことを沢山書いてきています。忙しいからと言ってその忙しさに没頭してしまったら僕は嘘を書いてきたことになります。今まで250個の記事を発信してきた責任を想うとそんなわけにはいかないのです。

出来事や結果は求めるものではなくいただくもの、大切なのはこの世界の法則に対しての信頼を深めていくことなのです。

そんなわけで意識を自分から広げると、木の花ファミリーでは今、1ヶ月間の真学校が開催されています。ここであらためて1ヶ月間の真学校について語ったいさどんの言葉を紹介しますね。

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みんな自分が世直しを託されているとは思っていません。
だけれども、みんな間違えなくこの宇宙の法則の中で生きていて、
人類の70億分の1、この世界を託されているのです。

人は育っていく過程で欲求し、欲求を満たしながら成長していきます。
健全な秩序の中で欲求を満たしていく人もいれば、
秩序なく際限なく欲求を満たし求め続ける人もいます。
そういう経験の中で自分という人間性が出来てきます。

その中で、それぞれが自分の成り立ちを振り返って見ると、
それが宇宙の歴史や地球の成り立ちと一緒だということが見えてきます。
この世界は全部相似形なのです。

小さなところの集合が大きなところを創りだし、
大きなところの法則が小さなところに指針を与えています。

13,000年前のカタカムナの時代。
厳しい自然の中、人類は天然の法則を感知してすり抜けてきました。
ですが、その感覚は時代と共に失われてきました。
その叡智が天とつながることで現代に蘇るのです。

カタカムナの生き方を現代に表現していく。
それは、科学が発展したところに天然の精神を加えることです。
これはまさに新しい時代の生き方で、
木の花ファミリーはそれを表現していくのです。

2012年12月21日。太陽系は銀河の冬至を迎えました。
これからは少しずつ明るくなっていきます。
宇宙的には明るくなる現象が起きて、人間を後押しするのです。

健康に生きることは素晴らしいことです。
ですが、ただ健康になりたいだけで終わってしまったら人生は深まりません。
生きている過程でいただく病気や滞り。
その奥にあるメッセージを理解していくことが大切です。
そこを理解した時に現代人も天然の意識で生きていくことが出来ます。

この世界は心と肉体(物質)で出来ています。
まずは心、魂を磨くことが大切です。物質のことは考えなくてもいいのです。
今の世の中はまだ物質的豊かさを求めていますが、そういう世の中はひっくり返ります。

そのようなターニングポイントを今、迎えているのです。

人間の欲が戦争を生み出し、第二次世界大戦で大きな犠牲を出しました。
これは世の中の欲の心が壊れて一度リセットされた状態です。
ですが、戦後の復興は、もう一度、欲の心でなされました
そして、現代の混乱に至っています。

自分の健全、健康を求める心の奥にメッセージがあり、
それを通して自分がどう生きるべきかが見えてきます。
大切なのは、自分が健康に生きることだけではないのです。
自分のことばかり考えることで人間は不健康になっていったのです。
そのからくりを見通すこと。その先に世の中作りがあるのです。

世の中を良くするとみんなが良くなっていくのです。
自分が・・・と考えると住みにくい世の中になっていきます。
自分が・・・という心を超えていく。
それが天と共に生きることです。

真学校ではそういうことを伝えていきます。

真学校の受講生はこの場で変化していきます。
その変化に触れることでこの場も変化していくのです。

ここで健全な場を創り出すことが時代の流れをあらわすことになります。
世界のことを思い、自分を超えていく。
そのことが宇宙の中に光をさすことになるのです。

それを本当に信じて取り組むことです。

時代も神も目には見えません。人間の理解を超えています。
ですが、この世界にはそういう秩序が確実にあるのです。
そこに一人一人の人間が理解を示すことが大切です。

宗教はご利益を求める人により発展しましたが、
本来はそういうものではありません。

信仰とは宇宙の法則性の理解です。

法則性を理解し、自分が・・・という心を超えていく。

そのような本当の信仰心の下、天と共に生きていくのです。
それが世直しであり、この世界に平和をもたらします。


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あらためて。

大切なのは結果を求めることではなく、この世界の法則に対する信頼を深め日々を淡々と清々しく生きることです。そうすることで自分自身の人生を宇宙の法則の表現としていくのです。結果はいつも相応しく与えられます。だからただその結果をいただき学んでいくだけなのです。

法人税申告まであともう少し。
淡々とやるべきことをこなし結果をいただきます(^-^)


真学校1日目ウェルカムコンサートの様子



天の真理を皆で降ろす

昨日から1ヶ月間の真学校が始まっています。毎年、初日はスタッフや講師、そして受講生で自己紹介の時間を持ちます。僕は経済の講師としてこの時間に参加し、以下4つの質問に答えながら自分の話をしました。(昨年の自己紹介については「予測不能の一本道を進む」に書いています。)

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1 ニックネーム

なかのん

2 好きな食べ物

「かぼちゃ」

子どもの頃、一番嫌いだった食べ物が今は一番好きになっています。
人は変化するということです。
※これ、毎年同じ話をしています。

3 自分を一言で表すと 

「海」

3年前、僕はある人から「海(かい)ちゃん」という名前を貰いました。それをたまたま思い出しました。海はこの地球で全部繋がっています。一人ひとりの人間も一緒で、僕らは波にように個性を際立たせますが、奥ではすべての存在と繋がっているのです。そして、人生で出会う波(人や物事)はすべて海から生まれるもので、元は一つで全部自分と出会っているのです。

4 真学校に期待すること

世界の側から自分を見る。

この世界には一つの流れがあって、すべての出来事の奥にはその流れがあります。その地点からみんなが自分を眺めて、映画を観るようにそれを楽しんで、それぞれの特性について語り合ったら楽しいだろうなと思っています。

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こんな感じです。

僕が自己紹介をした後、ようこちゃんが自己紹介をしましたが、ようこちゃんには「天女」という言葉が浮かんでいたそうです。そして、天は「あま」、それは海にも繋がっていて、海という言葉も書こうと思ってなんとなく止めたら、たまたま僕が「海」という言葉を書いていたということでした。

ちなみに「アマ」はカタカムナ単音豆辞典を見ると以下のように述べられています。

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「ア」音の響きわたっている範囲の空間(マ)、すなわち宇宙空間を意味する。アマは現象に属し、アラユルもの(生命・物質)の出現の前の状態を言う。万物を生み出す根元というところから、天・海・女等に通じる。※「ア」は高次の響きを意味します。

カタカムナについてはこちらを参照して下さい。
 →真学校2016年レポート「4日目カタカムナ」

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ようこちゃんは天女、そして真学校に期待することは「天の真理を皆で降ろす」です。その言葉を受けて、ここでいさどんの真学校開講挨拶の言葉を一部紹介します。

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実は、皆さんへの講座で使うプレゼンテーションを今用意しているのですが、その半分ほどは、もしかするとちんぷんかんぷんかもしれません。その、よくわからないものを皆さんにプレゼントしようとしています。「これを聞いてもきっと理解できないだろうな」と思いながら、プレゼンテーションを準備しています。

それはなぜかというと、もしも皆さんがわかることを得るとしたら、皆さんはきっと納得することでしょう。しかしそれでは、あなたの心は満足するかもしれませんが、あなたが変わることにはならないのです。

多くの人は、自分が納得できるものだけを得ようとします。しかし納得できるということは、それは自分の理解の範囲内のものだけを得るということですから、そこに進化はありません。時代は常に進化し続けているのですから、今の考えのままでい続ければいつかは必ずそこに矛盾が発生し、行き詰まるようになっています。ですから、皆さんのために、「きっとこれは理解できないだろうな」と思いながらプレゼンテーションを用意しています。

新たなものに出会うということは、「そういう捉え方があるのか!」と、これまでの自分の枠を突破することになります。ですから、皆さん一人ひとりにできる限り寄り添いながら、理解できるようにお話ししていきますが、わからなくてもいいんですよ。なぜなら、わからない話に出会っている、というだけで、すでにあなたは、今までのあなたの枠を外し、新しい世界にいるからです。


そうでしょう?自分がわからないところへ積極的に行こうとするなんて、普通はしませんね。そこにいるというだけで、新たなものを得ようとする姿勢があるということなのです。それは、進化しようとする姿勢の証です。


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天の真理は人間の理解を超えています。それは常に分からないところに人間を導きそして人間の枠を広げてくれるのです。みんなで分からないところに心を開いていくことで天の真理を降ろしていく。この場がそんな場になれば、その波動は世界に広がり世界の枠も広げてくれることでしょう。

1ヶ月間の真学校がスタートしました。それがみんなをどこに導くか?

とっても楽しみです(^-^)

真学校受講生と木の花ファミリーのみんなです。


納得がいらない世界を創る

3年前の11月に書いた「僕といさどんと木の花ファミリー」で紹介しているエピソードは、自分の納得を超えることを受けとる体験でした。それまで自分の納得の元に生きてきた僕にとってそれは大きな出来事となりました。その体験について僕はこんなふうに振り返っています。

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もし僕が自分の正当性を主張したら、
(世間の)多くの人は僕の言葉に耳を傾けたのではないかと思います。
なぜなら表面で起きている出来事だけを見ていたら、僕は被害者にも見えるので。
そして、僕はみんなに正しいと認めて貰います。
でも、その先に何があるのでしょうか?
優越感に伴う自己主張の心が育ち、
それは新たなる対立を生み出すのではないでしょうか?

虐げられた状態から逆転し見返す。

僕の無意識はこんな物語を好んでいました。
そのため僕は虐げられる状況を自ら創り上げてきました。
自分で自分を苦しめることになります。
僕の正当性が認められた時、僕は喜びます。
ですが、それはその不調和な心を強化していくのです。

これは僕だけの問題ではありません。
この僕の不調和な心が世界で起きているテロリズムに波動として繋がっていきます。
そして、悲しみの連鎖が続いていくのです。

いさどんはそんな僕の心にメスをいれてくれたのです。

表面的に見たら僕の方が正しいように見える。
そんな状況だったかと思います。
そして、僕は反発をしていました。
それでもそんな僕に対して大事を伝えてくれたのです。
その心労はとても大きかったかと思います。
それに気づいた時、受けた恩の大きさを感じました。



※具体的な内容については「僕といさどんと木の花ファミリー」をお読みください。

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人間の自我は納得を求めますが、納得は自我を強化します。もしあの時、僕の正当性が認められ、僕が納得のいく結果となったら、僕の中で自我が強化されていたでしょう。そしてその視点で世界に眺め、世界を自分の色に染め、世界を狭くしていったと思います。

人は納得を求めて時に自己主張をします。ですが、自己主張は人との距離を生み出し人を孤独にしていきます。だから納得がいく結果になったとしてもどこか寂しさを感じることになるのです。そのため更なるアピールが必要となりますが、アピールのために自己主張をしても人との距離は広がる一方です。一見多くの人の希望を満たしたように見える現代社会で、孤独死などの問題が生じるのも納得を求め自己主張をしてきたことによる弊害なのではないでしょうか。納得を求めての自己主張、それは人を幸せにはしないのです。

子どもから大人に成長する過程では納得を求めることも重要になります。それは自分を確立する過程だからであり、健全な子どもは自己主張ではなく自己開示をしていきます。そしてそこから生まれる対話の中で納得し、自分を変化させていくのです。それは確立することを通しての成長です。

ですが、大人の自己認識は固まっています。そのような中、納得を求めることは今の自分を貫くことになり、その結果、変化を拒むことにもなるのです。

納得を超えたものに出会い、それを受け取る時、人の器が一つ大きくなります。それが人を成長させます。そして、納得を超え続けていると、いつの間にか納得がいらなくなるのです。ただその時の流れを感じて行動するようになります。そうなると、人の器は常に広がり続け、変化し続けることになります。それは世界と一つになる方向への変化です。

納得を超えるということは自我を超えることです。流れの中で世界と一つになっていく。そんな人々が集まった暮らしについていさどんはこんなふうに語っています。

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ロータスランドのオープンに向けて、今、みんなで一丸となってひとつのことをやっている。一丸となってひとつのことを越えていくというのは、たくさんの心がそこに共鳴しあって、人に希望を与えることだ。


その中で、誰か一人でも自我にまみれていては、そのような場はできない。自我を忘れて、みんなが渦になる。カタカムナで言えば、「マワリテメクル」ということ。それは地球の動きだ。地球は自転し、公転し、歳差運動をし、微振動をしながら進んでいる。これは、古くから日本人の中にある、「マツリ」の精神だ。

 ~ 中略 ~

宇宙は、動いている。我々は毎日を認識し、時が過ぎていくが、これは巨大なエネルギーがうねっている「マワリテメクル」の世界だ。その中の一環としてこの仕組みがあるということを理解すると、すべてのところにその法則が遍満していることが観えてくる。それを意識しながら生きていくことが大切だ。

この理論が体得できるようになると、自我は消え、この世界を構成するものとして、大いなる生命としての役割を果たしながら、宇宙の実体のままに生きていくことになる。現代の人々は大いなるものから離れ、自我にまみれていがみ合っているが、そういったことがすべて帳消しになってしまう世界が、いがみ合いの奥にいつでもちゃんと控えているのだ。

それを語っていくことは、物理的な現状の地球を見ていると不可能なように思えるかもしれないが、ここではその存在を知って、語り出した。いずれ必ず、人間たちがそれを理解する時が来る。既に扉は開き、その動きは始まっているのだと思うと、やはりテンションは上がる。それこそ病魔に侵されて死にかかった者が生きることの本当の意味を知って「死んでなんかいられない」となるように、僕も、夜中だけど寝てなんかいられないよというテンションになった。まあ、語ったらまた寝るけどね()。しかし何か、この今のときめきを語っておかなければいけない、と思った。

 ~ 中略 ~

「祭」という字は「サイ」とも読む。「何々祭」というと、それは日常の生活から離れた儀式の場で使う用語になる。そこには天と地があり、地が天を崇めて祭典をするという「サ」=差のある状態だ。「サイ」は「マツリ」とは違い、まだマツリに至らない段階の儀式に用いられる。

それが「マツリ」になると、「マ」は宇宙空間であり、生命が躍動する特定の場、宇宙の法則が表現される場所のことであり、「ツ」は集い、「リ」は離れるということ。自我から離れた者たちが集い、宇宙の法則のままに生命が躍動する。それがマツリだ。そのような無我の境地で、美しく、日々を舞い踊るように生きたいものだ。



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先日、トランプ大統領は初の単独記者会見をしましたが、それは自己主張に溢れていました。その自己主張は人との距離を生み出し、アメリカ社会は分断が進んでいます。それは一人ひとりの意識の表れで、日頃、多くの人が納得を求め自己主張をしているのではないかと思います。そのような時だからこそ、自我を離れた人々が集い、流れの中で一つになり大きなうねりを生み出していきたいと思っています。

明日から1ヶ月間の真学校が始まり、3月21日には異次元空間カフェ&ショップロータスランドがオープンします。盛りだくさんの毎日、毎日が「マツリ」です。


ロータスランド完成イメージ図です。


以下、ロータスランドオープンに向けて開発中のメニュー写真を紹介しますね。


日替わりランチ。500円(税抜き)です。


富士山ひまつぶしです。
鉄板ナポリタンです。
スコーンです。
豆乳クリームとトマトソースのパスタです。

シナモントーストです。
ほうじ茶ラテです。
抹茶パフェです。
ヒマラヤ焼きカレーです。
富士山ひまつぶし御膳です。



天の物語を生きるとは?

昨年の8月、僕は物語の終焉、そして始まり」という記事を書いています。この時終焉した物語は個人的望みを追求する物語で、この時始まった物語は天と共に生きる物語です。この頃いさどんは僕にこんなことを語ってくれました。

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この道を極めることが大切です。
そこに向けて真っ直ぐに行くと人の価値が上がります。
そして価値が上がると自然にみんなから支持されるようになるのです。
その位置で願いが叶っていくことが大切です。
想うと叶うというのはそういうことです。

ところがあなたの場合、叶わない現状にありながら、
願いを叶えたいという願望や欲望になっているものだから、
宇宙の法から外れてしまったのです。
だからそれは「自分のこと」であり、我欲となっていくのです。
宇宙は「もっと叶えたい。あなたの望みは全部叶えたい。」と願っています。
その代わり宇宙の法に沿って願えということです。

だけれどもあなたの願いが叶うところまであなたが高まった時、
あなたにとってその願いはどうでもよくなっていることでしょう。
だから、今、あなたが持っている願いはどこかにボタンの掛け違いがあるのです。
そのためエネルギーを使えば使うほど価値を下げる状態となっています。
それはエネルギーの出どころが間違えているということです。

あなたは自分の心の足りない部分を埋めようとしています。
それは相手を見ているのではなく自分を見ているのです。
その願いは自分の矛盾から発生しているものです。
自分の中に矛盾がなければ、矛盾を埋めようという想いは出て来ません。
ただ淡々と生きていれば、そしてそれが清々しければ、
相応しく人が集まってくるのです。
そうではなく努力して人にアプローチする行為は、
自分を埋め合わせようとしている行為なのです。

あなたの矛盾は爆弾のようなものであり、あなたはそれを抱えています。
そうするとここに出会うことであなたがどれほど救われているか。
そう思いここに出会った価値を上げるとしたら、本物となることです。

そのためには正確に振り返ることが大切です。
逃げずに自分というものに真正面から向き合い、
誤魔化さずに正確に見ていくのです。
そうすれば自分が仕上がっていきます。

あなたは自分の爆弾を忘れてはいけません。
クリアしたからと言ってなくなったと思ってはいけません。
心を磨くという志を持っている限り、
自分の中にしっかり古傷としてもっていないと
調子にのったり、忘れたりします。
そうすると古傷が疼いた時にチェック出来ない状態となるのです。

だからしっかりと向き合いクリアしそれを忘れずにいて下さい。

☆彡 ☆彡 ☆彡 

だからひっくり返ることが大切!!!」でも紹介しているようにアピールするということはその対象を自分と分けているのです。この世界はもともと一つです。ですが、自分の思考に囚われていると、自分が世界から際立ち離れていきます。そして、離れた世界に対して自分をアピールしているのです。個人的な物語はこのようにして生まれていきます。

僕は昨日、喉と頭が痛かったので、午前中休みました。決算やロータスランドオープンに向けた事務などやることが多い中、休むことには抵抗があったのですが、無理をせずに休むことにしました。ここで無理をして仕事をして体調を悪化させるといけないし、何より無理して仕事をすることでそのことをアピールする心が芽生えてしまうのです。

僕はやることがいっぱいあって、体調が悪くても休むこともできないんだよ。

こんな感じ。

こうなると意識や関心が自分のやることばかりに向いて、放っておくとそれがどんどん際立っていって世界と離れてしまいます。その意識が心の中に爆弾を作っていくのです。

だから休むことが大切なのだと思いました。

だいたい仕事は能率の良し悪しで進み具合が大きく変わります。時間を掛けて闇雲にやればいいというものでもないのです。だから今、僕は気分転換にブログを書いています。

常に世界の側から自分を見ることが大切です。そして全体の中に自分を位置付けるのです。それが天の物語を生きるということです。

例えば、世界中を移動したり、政治のことに関わったり、大きなフィールドで活動することが天の物語なのではありません。たとえ大きなフィールドで活動していたとしても自分の思惑で動いていたら、それは個人的な物語となります。今、多くの政治家は個人的な物語を生きています。

この世界で生きるということは生かされているということです。その仕組みのままに出会うことを、思惑を持たずにいただいていく。そして、そこから学んでいく時、個人の人生が仕組みの表現となり、宇宙の表現となっていくのです。それは天の物語を生きるということであり、その時、想うと叶う人生となるのです。余分な想いはすべてそぎ落とされ、宇宙の法が想いとなって顕れる。だから望みは全部叶います。

日々の生活の中でみんなの中に自分を位置付ける、それと同時に世界や日本の社会の中に木の花ファミリーの暮らしを位置付けます。そうしてこの暮らしが今の時代に持つ意味を感じ、誇りを持って楽しく生きています(^-^)

そんな僕らの暮らしが表現される空間、ロータスランドが3月21日にオープンします。是非、遊びに来て下さいね(^-^)

ロータスランドオープンに向けて試作中のシフォンケーキです。

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