僕には肯定出来る部分は何一つない。
だからすべてを肯定出来る。
この時、僕が肯定するのは「僕」ではなく、この世界のすべて。
生きていると、都合の悪いこと、認めたくないことが起きますが、
そんなふうに思う自分を僕は肯定しません。
この世界で起きることはすべて自分自身の現れです。
だから僕はすべて肯定し、受け入れていきます。
「望みを捨てて無限の可能性を生きていく」に書いたように、
思いもよらないことが人の可能性を広げてくれます。
願いが叶うことは願い通りという狭い世界の中に自分を閉じ込めることに繋がります。
その時、世界が見えなくなるのだと思います。
立冬を迎えた昨晩(11月8日)の大人ミーティングでもそんなことをみんなで確認しました。
僕は僕を否定し、世界を肯定します。
世界を肯定することは、僕を肯定することになるのです。
なぜなら、世界と僕は一つだから。
分断後初めて実現した中台首脳会談も、南シナ海南沙諸島を巡る米中の対立も、
ロシア機墜落事故も、プレミア12での侍ジャパンの快勝も、
渋谷区の同性パートナーシップ証明書も、道端で寝転んでいる犬や猫もすべて。
自分自身の現れとして感じていきます。
「客観性はすべての出来事を生かしていく。」に書いたように、
「僕の・・・」という意識は幻。
僕は「宇宙の心」を生きて「宇宙の心」を育んでいます。
でも自分を他から切り離すことで、
「自分の心」を生きているという勘違いが起きるのです。
「僕の・・・」という幻を超えること。
その先に新しい自分がいて、それは無限に広がっていきます。
これは「空っぽへのあこがれ」を果たすことであり、
今年の秋分の日にした宣言
無意識の無意識による無意識のための意識
を実践すること。
その萌芽が少しずつ育っているのを感じています。
秋分の日の翌朝の富士山です。地球はこの日から45度経過しています。 |
こちらは立冬の翌朝(11月9日)の富士山です。 |
世界は無限に広がっていきます。
そんな世界に心を開いて生きていきたい方には以下のイベントがお勧めです。
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