変化・変容・変態を繰り返す美しさを表現していく

いさどん(当時のジイジの呼び名)が来るトキに限って失敗する

3年前の大人ミーティングでそんなふうに発言する人がいました。その発言について僕は、「評価を求めて硬くなってしまうからそういうことが起こるのかな?」とジイジに尋ねたことがあります。以下はそんな僕の言葉に対するジイジの回答です。

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僕が行くことで緊張するとかそういうことではなくて、多くの人は自分のやっていることが見えていないのです。そこに僕が行くことによって、見えていなかったことが明らかになるのです。つまり、それまではOKにしていたことが、よく見ることによってOKではなくなるのです。こういう人は普段から失敗をしているのです。

多くの人は自らの欲望のままにそれに翻弄されて生きています。
これは意識が自分にばかり向いている状態です。
この状態では心からの気づきは生まれず、失敗も見えないのです。



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自らの欲望のままに生きるトキ、世界は自分の都合の良いように映ります。失敗など都合の悪い出来事はなかったことにして生きるようにもなります。ありのままにそのトキそのトキのことを語るジイジの存在はそんな人の実態を明らかにします。そういう人にとって明らかになった実態は都合が悪いので、それを受け入れることが出来ず、慌てたり隠そうとしたりすることになるのです。

そんな人間の特徴について、木の花ファミリー通信秋分号「21世紀の死生観 第3部 美しいとは」では以下のように表現されています。

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私たちの肉体は、母親の胎内で受精後、わずか1mmにも満たないほどの小さな生命から、魚類、両生類、爬虫類を経て哺乳類へと至る38億年の生命進化の歴史を胎内でたどり、280日でこの世に誕生します。そして日々、地・水・火・風・空という自然の五大要素の循環の中で、細胞レベルでの生死をくり返しながら、赤ん坊から子どもへ、そして大人へと成長していきます。年月とともに肌にはしわが刻まれ、髪は白くなり、やがて寿命を迎えれば、魂の抜けた肉体は原子レベルへ解体し、次の生命を構成する材料となります。死は、それまでの縁から解き放たれて、生態系の循環の中へと還っていく美しい瞬間です。

このように個々の存在は時の流れと共に変化し続け、その個々の集合体である全体もまた、新陳代謝をくり返しながら、常に新しく生まれ変わり続けています。この、淀みなく変化していく姿が、この世界の美しさです。

美しいとは、すべてが淀みなく流れ、未来へ向かって変化しながら、進化していくことです。それは、宇宙の姿そのものです。宇宙は常に未知なる場所へと進みながら、変化・変容・変態をくり返しています。それは宇宙が生命だからです。生命とは留まることなく変化し続けるものであり、私たちの体は、その仕組みをもっとも身近に現しながら、命とは何か、美しいとは何であるかを、教えてくれているのです。

この美しい世界の中で、人間は極めて特殊な能力を与えられました。

すべてがつながり、循環していく仕組みの中で、自我を持った人間は「自分」というものを特別に意識するようになりました。そしてその高い能力を使い、世界の流れに沿って自らを変化させていくよりも、自分を保ち、世界の側を自らに都合のいいように変化させようと考えるようになったのです。その心は、すべてが変化し続ける流れの中に滞りを生み、様々な矛盾を発生させました。ウソ、かけ引き、争い、孤立。それはつながることが基本である宇宙の本質とは、対極にあるものです。

人は誰しも、美しい世界を求めています。ところが現代社会は、人間の都合を優先した、とても美しいとは言えない世界になってしまいました。美しく整備されて見える都市は、その陰で莫大な量のゴミを出し、美しく装った人々の奥には、争いや孤独、病気や犯罪など、自己中心の心が蔓延しています。流れに逆らい、力ずくで世界を思い通りにしようとすれば、たくさんのエネルギーが必要です。人々はもっともっととかき集め、傷付け、奪い合い、多くの無駄を発生させ、地球や、自分たちの命さえ蝕むようになりました。ところが、世界中がこれほどの問題ごとで溢れかえりながら、人々は問題のあることが当たり前になり、それを自らが創り出していることさえわからなくなってしまったのです。


多くの人は目に見える形を見て「美しい」と言います。しかし真の美しさとは、その奥の「心」にあります。どんなに形を美しく取り繕っても、奥にある心が汚れていれば、それは必ず問題となって自らに返ってきます。ところが自分が汚れているという認識がなければ、自らが出会った問題を他人や世の中のせいにするのです。それどころか、その問題をなかったことにしてしまうのです。

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自分の幸せばかり考えて、意識が自分にばかり向くようになると、世界が自分の色に染まり、自らが問題を創り出していることが見えなくなり、自分の失敗も見えなくなります。そんな人間に対して、宇宙は滞りという「愛」を与えてくれているのです。先の文章に続いて木の花ファミリー通信には以下のように書かれています。

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すべてが淀みなく変化していく流れがこの世界の美しさなら、汚れとは、その流れを滞らせ、宇宙の本質から外れる働きです。現代の人々はこれほどの問題を生み出しながら、その問題の元となる自らの心の汚れを見ることを避けてきました。しかし、宇宙の根本は善意です。体の成り立ちを無視して心が暴走し、暴飲暴食をすれば、体は病気になってそのことを教えてくれるように、人々の心が分離し、自分勝手に生きるようになれば、世界は大きな災害を起こして一人では生きられないことを教え、つながることを促します。つながるとは、命を紡ぐことです。

宇宙はいつでも、私たちがこの大いなる流れから外れ、世界に矛盾をもたらせば、再びその流れへと戻るように導いています。その流れに逆らい、同じ場所に留まろうとする限り、宇宙はあなたに問題ごとを与え続けるでしょう。なぜなら、宇宙はあなたを「一緒に新たな世界へ進もう」といざなっているからです。

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今起きている異常気象や日常生活での失敗は宇宙が与えてくれる「愛」です。宇宙が与えてくれる滞りという「愛」は人間に実態を見るように促します。そして実態は、例えば今、失敗を繰り返していたとしても、変化・変容・変態を繰り返しながら未知なる場所へと向かう宇宙の流れの中にあり、大きな視点に心を開いたら、美しい流れの中で変化していくのです。

今を留めようとする心、都合の良い世界を求める心、そんな心を手放せば、実態の尊さに気づき、思いもよらない出来事を楽しめるようになります。それは宇宙、そして自分の実態である変化・変容・変態を繰り返す美しさの表現となります。

今、世界には多くの問題がありますが、それらと向き合うことで自らと世界の実態を知り、儚く潔く美しく、宇宙の法則のままに生きていけば、きっとすべてが繋がり合う調和した世界が実現することでしょう。

そんな世界に向けて日々の変化を楽しみます(^-^)



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