昨年の6月、僕が木の花ファミリーの経済について書いた原稿がアメリカのコミュニティズマガジンに掲載されました。その原稿の中で僕はお年玉について触れています。以下、その部分を引用します。
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たっくん(5歳):なかのん、僕、これ(大袋のあられ)買いたい。
なかのん:それを買うにはお金が足りないね。たっくん、他のお菓子を買ってお金使っちゃったからね。
あやな(7歳):私のお金足してあげる。
なかのん:あやなは優しいね。
あやな:うん、みんなで食べたらいいもんね。
これは今年のお正月、子どもたちと交わした会話です。日本にはお年玉という習慣があり、お正月には大人から子どもたちに小遣いが渡されます。木の花ファミリーの子どもたちはそのお金を使って木の花ファミリーの商品を買っているのです。子どもたちは各自、自分の好きなお菓子を購入しますが、それをみんなで分け合っています。分け合うことでたくさんの種類のお菓子をみんなで楽しんでいるのです。それはとても微笑ましい光景です。通常、子どもたちはお金を使うことなくお菓子や必要なものを得られるのですが、このようにしてファミリーの子どもたちはお金を使うことを身近なところで体験しながら、共有することを学んでいます。
~ 中略 ~
冒頭で紹介した子どもたちとの交流もお金を通した学びです。子どもたちはお年玉をもらうことでお金を手にし、それを使うことを楽しんでいます。ファミリーの子どもたちのバックグラウンドは様々です。コミュニティ外部に祖父母がいてお年玉を貰ってくる子どももいれば、そういう存在が一切いない子どももいます。コミュニティ外部でお年玉を貰ってくる子どもたちは、そうではない子どもたちよりも多くのお金を手にすることになります。その時、子どもたちの中にそのお金を自分で持っていたいという気持ちが芽生えることがあります。ですが、私たちは基本的にそのお金はみんなのお金として預かることにしています。前述の通り、私たちの暮らしに必要なものは生活費によって過不足なく満たされます。子どもたちの必要も当然満たされています。そのような中、限られた子だけが自分のお金を多く持つことは、優越感や不平等感などを生み出し、それらの心は不調和に繋がります。そのことを丁寧に説明すると子どもたちは納得し、お金を手放していくのです。その姿はとても気持ちが良いものです。
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今年もファミリーの子どもたちはお年玉を手にし、お買い物を楽しんでいます。そしてコミュニティ外部からお年玉を貰ってくる子どももいて、子どもたちの中には様々な感情が芽生え学びの機会となっています。木の花ファミリーでは毎晩夕食後、子どもミーティングを行い子どもたちの話題を大人と子どもで共有していますが、昨晩の子どもミーティングで僕はお年玉の話題を出し、上記のようなことを伝えました。その話を受けて、子どもたちからは以下のような言葉が出ました。
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(1)例年はおじいちゃん、おばあちゃんのところに帰っていて、好きなものを買って貰っていたけども、今年は帰らないでここで貰ったお年玉だけで買い物をすることになった。そうすると買うものを選ぶ必要があっていつもとは違う気持ちで買い物をした。
(2)前にお正月に出掛けて5,000円ぐらいお年玉を貰ったことがあって好きなものを買ったんだけれども、今思うと無駄な買い物をしたなと思う。木の花のお金になって大切なことに使って貰った方が良かったなと思った。
(3)デパートに買い物に連れて行って貰ったんだけれども、電気を沢山使っているなと思った。
(4)自分は欲が深かったなと思った。
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(1)例年はおじいちゃん、おばあちゃんのところに帰っていて、好きなものを買って貰っていたけども、今年は帰らないでここで貰ったお年玉だけで買い物をすることになった。そうすると買うものを選ぶ必要があっていつもとは違う気持ちで買い物をした。
(2)前にお正月に出掛けて5,000円ぐらいお年玉を貰ったことがあって好きなものを買ったんだけれども、今思うと無駄な買い物をしたなと思う。木の花のお金になって大切なことに使って貰った方が良かったなと思った。
(3)デパートに買い物に連れて行って貰ったんだけれども、電気を沢山使っているなと思った。
(4)自分は欲が深かったなと思った。
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一昨日の晩、サバイバルファミリーという映画を子どもたちも含めてみんなで観ました。この映画では地球全体で電気が全く使えなくなるのですが、そうすると都市機能が麻痺し、お金の価値もなくなります。そんな中、自給自足の価値がクローズアップされるのですが、上記の子どもの発言はその映画の影響も受けています。映画を観た後、いさどんは電気が使えなくなるという状況が非現実的ではないことを子どもたちに伝えていました。北朝鮮による電子パルス攻撃、大きな地震など実際に起きたら都市機能は麻痺することになるでしょう。そのような中、映画の中でクローズアップされた自給自足の生活がここでは実現していて、みんなで豊かに楽しく暮らしています。お金を超えて大切なことがあることをあらためて感じているのではないかと思っています。
6年連続で上昇し、26年ぶりの高値を記録した昨年末の東京株式市場の終値。その中で実体経済は1%にも満たないとも言われています。それは人々の心の表れで、多くの人が実体を離れ自分のイメージを膨らませているのです。そんな中、地球環境という実体は限界を迎えつつあります。そして人々の心も貧しくなっています。
そのような中、ただ欲を膨らませるのではなく、実際の生活に即してお金について考えることはとても大切なことだと思います。この世界には欲を掻き立てるものが溢れていますが、それを通して自分を見つめ心を育んでいく時、数字のようなバーチャルなものではなく実際の豊かさを味わうことが出来ます。お金を通して欲を満たすのではなく、心を育んでいくのです。僕は今、木の花ファミリーのみんなとそんな世界を表現しています(^-^)
ちなみに今日の子どもミーティングでは、コミュニティ外部の人から貰ったお年玉について、少しぐらいの額だったらそれぞれの人が保有することを大人も子どもも認め合いました。みんなで・・・という気持ちを大切にしつつも自分で管理するという経験もしていくことになります。僕らは固定した答えに現実をあてはめるのではなくて、その時その時新鮮にみんなで考えることを大切にしています。
6年連続で上昇し、26年ぶりの高値を記録した昨年末の東京株式市場の終値。その中で実体経済は1%にも満たないとも言われています。それは人々の心の表れで、多くの人が実体を離れ自分のイメージを膨らませているのです。そんな中、地球環境という実体は限界を迎えつつあります。そして人々の心も貧しくなっています。
そのような中、ただ欲を膨らませるのではなく、実際の生活に即してお金について考えることはとても大切なことだと思います。この世界には欲を掻き立てるものが溢れていますが、それを通して自分を見つめ心を育んでいく時、数字のようなバーチャルなものではなく実際の豊かさを味わうことが出来ます。お金を通して欲を満たすのではなく、心を育んでいくのです。僕は今、木の花ファミリーのみんなとそんな世界を表現しています(^-^)
ちなみに今日の子どもミーティングでは、コミュニティ外部の人から貰ったお年玉について、少しぐらいの額だったらそれぞれの人が保有することを大人も子どもも認め合いました。みんなで・・・という気持ちを大切にしつつも自分で管理するという経験もしていくことになります。僕らは固定した答えに現実をあてはめるのではなくて、その時その時新鮮にみんなで考えることを大切にしています。
昨晩の夕食に出たパンです。とっても豊かな食事でした。 |
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