人生とは場創りである(3)

射手座の満月です(^-^)

  • 自分は基本的に場を創りたくない人。みんなの前で話をしようとするとただの事務連絡だけでも心臓がバクバクする。この場をよくしていこうという提案に乗れない自分がいる。そのため「こんな自分はここにいてはいけないのではないか?」という考えが浮かんでくる。そして、実際に出ていくことをシミュレーションしてみる。「自分が出ていくならば、引継ぎとして最低でも1ヶ月は必要だよな~」とか「ここを出て行った場合、道義として同じような暮らしは出来ないよな~。そうすると、生きていくために適当な仕事を探して無気力で生きていくのかな~。」なんて考えて、「こんなことを考えても仕方がないので、ダメかもしれないけどやれるだけやろう」と言い聞かせて過ごしている。

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4年前の5月、僕はこんなことをみんなの前で話しました。そしてそんな僕に対してみんなが見える視点を伝えてくれました。

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  • こんなふうに言うことでなかのんは失敗した時のための予防線を張っている。本当は良くしていきたい気持ちがあるのに、それを推し進める力がない。ならば人に心を開いて頼ればよいのに、それもプライドが高いために出来ずにいる。なかのんは無駄な思考、エネルギーを使っている。ここを出ていくことに良いイメージがないのに、そんな考えにエネルギーを使っている。湧いてきた無駄な想いを手放していくということをしているようだが、本当に高い視点を持って、その位置にい続けたら、そんな想いは湧いてくることがなくなる。そこまで自分を高めることが大切。


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当時の僕は肯定出来ない自分をそのままにして、その上、「僕は一生懸命に考えているんだよ」というアピールまでしていました。まさに予防線を張っていたのですが、それが自分や世界に何をもたらすかには想いが至っていませんでした。

肯定出来ない自分をそのままにして保身に走る。

そんな姿は至るところにあるのかもしれません。

例えば、安倍首相は加計学園や森友学園の問題について国会で追及されていますが、そんな自分を肯定出来るとは思えません。ですが、安倍首相がやっていることは自らの保身のための行動であり真相を闇へと葬りさろうとしています。例えば、その姿はテレビを見ている子どもたちにどのように映って、どのような影響を与えていくのか、そういうことには想いが至っていないのです。

今、アメリカと北朝鮮とで米朝首脳会談に向けてのせめぎ合いが行われていますが、その背後にも金正恩体制の維持やトランプ大統領の支持率などの保身が見え隠れしています。

政治家にとって支持率はとても重要です。それを重視するあまり、自分自身が肯定出来る(誇れる)かどうかは蔑ろにされていきます。肯定出来ない自分であっても周りに受け入れられればそれでいいのです。そしてそれは今の世の中全般に言えることだと思います。

例えば松岡正剛さんは千夜千冊1604夜『勝手に選別される世界』の中で、「評判の社会」から「評価の社会」へと変わっていくことが大切だと述べていますが、この文章も上記の傾向がある社会に対する提言と言えます。以下、松岡さんの文章を引用します。

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むろん評判がいいのは悪いことじゃない。視聴率がいいのもベストセラーが出るのも結構だ。けれども21世紀の現在社会はついつい「評判の社会」になりすぎてきた。芸能界を筆頭に、評判で人気とりをするポビュリズムは政治家たちを含めてずっと以前からあったけれど、アクセス数に溺れまくるネット社会になって、その傾向が極端に増大した。増大しただけではなく、それが止まらなくなった。

   ~ 中略 ~

われわれが望むべきは評判ではない。今後の社会に示されていくべきは評判のランキングではない。ましてその集計結果ではない。「評価」(evaluation)の内実であるべきである。「いいね」のヒット数などではなく、「いい」をめぐる対話を交わすことなのだ。


だから「評判の社会」から「評価の社会」へであり、「レピュテーションからエヴァリエーションへ」なのだ。「レピュ」から「エヴァ」へ。これがぼくの注文なのだ。

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今、人々は評判を求めるあまり内実は置き去りにされています。今の状態は一人ひとりが生きてきた結果であり、それぞれに理由があるのは当然ですが、その理由を使って肯定出来ない自分であってもそのままにしていきます。そして人々に受け入れられることは求めるから表面だけを取り繕うことになります。みんなで表面上だけで受け入れあって大切なものは蔑ろにされていく。評判だけを過度に求める今の社会は人々をそんな状態にしていくのです。

だから僕は自分の肯定出来ない部分と向き合ってきました。場を創りたくないと表明した僕は、人生とは場創りと語るようになりました。その言葉には以下のような気持ちが込められています。

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他者のために。

そう思った時、特定の他者を想定すると視点が狭くなり、囚われとなる恐れもあります。ですが、場を同時に意識していれば、視点は時空を無限に広げていくことが出来ます。そして、場が健全になれば自ずと人は癒されるのです。だから常に場作りを心掛けていくことが大切なのです。

視点を場に持って行くと自分からも離れることが出来ます。そして健全な場は人を癒すのだから、自分自身も癒されます。自分のことを考えなくても、場を意識していれば、自ずと自分のためにもなるのです。

自他の区別を超えてみんなのために。

場創りを意識していればそんなふうに生きることが出来るのです。


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保身に走るのも評判を求めるのも意識が自分にいっているからであり、その結果、大切なものが蔑ろにされて自分の価値を落とすことになります。ですが、意識を場にもっていけば、場創りを通して自分が癒されると同時に自分の価値を上げていけるのです。

昨日、5月29日23時20分、射手座の満月です。

射手座の支配星は発展と成長、コミュニティを司る星、木星です。今は自分の可能性を思いきり広げるトキです。僕はこのトキを迎えて自分自身の肯定出来ない部分に徹底的に向き合います。そして、それを解き放ち自他の区別を超えた場へと意識を広げます。

人生とは場創り。

それは自他の区別を超えてすべての存在を幸せにしていくということです(^-^)





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