木の花ファミリーは、一人一人独立した個人が集まり一つの経済を生み出しています。その暮らしは、とてもユニークで優しく本質的な平等が実現しています。天然循環法による恵みをいただき宇宙を語る木の花ファミリー。お金を通して心を表現していきます。
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天の恵みを広げるお金の動き

カフェ&ショップ・ロータスランドがオープンしてから1週間が経ちました。ロータスランドのオープンは僕たちの暮らしに多くの変化をもたらしましたが、その変化にも慣れてきて日常となってきています。こんなふうに新しい動きと共に僕らの暮らしは変化を続けていくのでしょう。

ところで僕たちは自分たちの暮らしの指針として木の花ファミリー憲章を設けていますが、生活・プライバシーにはこんな文章が掲載されています。

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一般的に、生計を立てるための職業と家事労働は明確に区別されています。しかし、私たちの暮らしにおいては、こうした垣根がありません。たとえば、食事づくりは家族のための営みであると同時に、訪問客に食事を提供し、収入を得る手段でもあります。また、農業は自らの食糧を生産する営みであると同時に、農産物の販売を通して利益を上げる方法でもあります。NPONGO等の非営利活動であれ、子育てであれ、私たちにとってはすべての活動が生活の一部です。このように、私たちの暮らしにおいて、生きていくのに必要なすべての営みは、利益の有無や必要なエネルギー(能力・労力)の多少に関わらず、まったく等しい価値を持つものであり、一つの生き物のようにつながっているのです。

プライバシーとは、本人の同意なく踏み込むことのできない領域(空間・時間)のことであり、その領域を守る権利のことです。


これに対して、私たちは共に生活していく上で必要な事柄を、積極的に共有しています。つまり、それぞれが自らの領域を垣根で守るのではなく、進んで互いを受け入れ、認め合うことで垣根を取り払っていくのです。そのようにして個々の境界がなくなり、信頼関係が深まり、すべての個性が溶け合い、全体の中で活かされ、尊重されるのです。

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カフェ&ショップ・ロータスランドは僕らの暮らしから生まれた事業であり、それは生活そのものです。天の恵みをいただく農作業を土台とし、すべての活動を垣根なく繋げることから生まれています。

昨年の12月、いさどんは木の花ファミリーの商売について以下のように語っています。

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今の社会では、みんな収入を得るために必死に仕事をしています。お店ならば、お客を獲得するために一生懸命、商品開発や営業活動を行っています。お客の増減はお店にとっては死活問題なのです。ですが、木の花ファミリーの活動はそれとは違います。私たちは天の恵みである作物をいただき、それを基盤として生活を営んでいます。収益を得ることが死活問題とはなっていません。ですから、私たちの商売は一般とは違うものなのです。同じ基準で考えてはいけません。天の恵みによって暮らす私たちは、心に余裕やゆとりがあります。そして、その余裕を心磨きに向けることが天との約束です。商売もその延長にあります。天の恵みの恩恵を世の中に広げていく。それが私たちにとっての商売で、心を伝えること、幸せを循環させることがその本質にあるのです。


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天の恵みを土台としすべてを共有する僕らの暮らしは多くのお金を必要とはしません。ロータスランドにてお客様が驚く価格で料理を提供出来るのもそんな暮らしがあるからです。

話しは変わって。

先日、平成29年度予算が成立しましたが、予算は5年連続過去最大を更新しています(「平成29年予算過去最大の97.5兆円が成立」を参照)。このように予算は年々増え続けていますが、その恩恵を感じる人々はあまりいないのではないでしょうか。

資本主義社会は個人の欲望を尊重しそれを満たすことで発展してきました。ですが、その欲望は表面的なものであり際限なく浮かび続け人々が真の意味で満ち足りることはありません。加えて、表面的な違いが際立ち人々はどんどん離れ離れになっていきました。バラバラになった人々が際限なく表面的な欲望を追求することで多くのお金が必要となっていますが、そのお金が人々を本当の意味で満たすことはないのです。

今、世界のお金は土台となる自然から切り離されただの数字のやり取りとなっています。ただの数字のやり取り。そのため大きくなってもどこかに空虚感があり人々を本当の意味で満たすことはありません。

そんな中、世界各地で人々の繋がりを大切にしたお金の動き(協同労働地域通貨など)が生まれていますが、ロータスランドでのお金の動きもそのような活動の一つとなります。僕らはお金を通して天の恵みを広げているのです。

人々の繋がり、そしてその奥にある天の恵みが伝わるように日々を大切にしてお客様をお迎えしたいと思っています。

是非、ロータスランドに遊びに来て下さいね(^-^)
※営業時間 7:00~19:00(ラストオーダー18:00)、木曜定休日です。

540円(税込)で提供しているおまかせセットです。

揚げたてドーナツも販売しています。

ロータスランド店内の様子です。





ただ出会う出来事を楽しんでいく

3月21日、カフェ&ショップ・ロータスランドオープンしました(^-^)
オープンに際していさどんはこんなふうに言っていました。

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3連休翌日の平日、儲けを考えていたらこんな日にオープンしないよ。人智ではありえない。でも宇宙的に見たらこの日が相応しい日。この日しかありえない。これは我々が宇宙の流れに沿って生きている証。

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3月20日の19時28分56秒に太陽は春分点を通過しました。春分は宇宙の元旦です。そのことについて天下泰平ブログ「宇宙元旦の春分と宇宙の理の時代」では以下のように書かれています。

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12星座の始まり(1)」である牡羊座に太陽が入る春分は、占星術の世界では元旦を意味しており、宇宙元旦として2017年の本格的な始まりであると言われています。

  ~ 中略 ~

通常の春分とは違い、数千年ぶり、数万年ぶりの大きな節目と言われる今回の2017年春分。

確かにここが大きな分岐点であり、これまでに整理されるものは整理され、手放すものは手放し、そして明日の春分以降、必要なものはまた新たな形で融合され、再スタートしていく感覚を受けます。

明日の春分以降、より本格的に「地球(地)の理」から「宇宙(天)の理」へと、地球の周波数も大きく転換されることになると思います。

人間のエゴ、頭の世界で考えたルール、価値観によって生み出された世界から宇宙の法則、流れに即した世界へ。


ますます頭で考えて動くよりもハートで感じて動かされる時代となり、自分と宇宙を信じて委ねることが重要になってくると思います。

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宇宙的にとても大きな節目である春分点を過ぎた最初の朝にロータスランドはオープンしました。いさどんの言う通り、まさに「この日しかありえない」日なのです。

それでそんな記念すべき日である2017年3月21日の天気は朝からザーザー雨が降っていました。ですが、雨空にも関わらず沢山のお客様に来店していただきました。そしてあるお客はテラスに吹き込む雨を眺めながらこんなことを語ってくれました。

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雨が降り込んでいますね。「振り込む」「振り込まれる」ということでお店のオープンには雨はとても良いのですよ。おめでとうございます。

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宇宙の節目にオープンしたロータスランド。天気も応援してくれていました(^-^)

話しは変わりますが、

欲しいものを欲しいと素直に表現して手に入れる。

それって面白みがないことだなと思いました。
それは僕の求めている世界ではありません。

欲しいという想いは人智であり人智が叶うことは人智を積み上げていくことになります。その時僕の中には叶って欲しい、叶わないと嫌だという想いが育っていきます。
それって不自由なことです。

自分の想いは置いておいて出会う出来事をいただいていく。

そんなふうに生きていくと思いもかけない出来事に出会い感動するのです。その時、自分の欲しい気持ちなんてどうでも良くなっていってただただ出会う出来事を楽しむだけとなるのです。

ロータスランドがオープンして木の花ファミリーの暮らしは大きく変化しています。
やることがいっぱいあり流れに即して行動しなければ立ちいかなくなります。
その時、自分のあーしたい。こーしたい。という気持ちは邪魔になります。
そして、その気持ちから生まれる世界は面白みがなく僕の求めるものではないのです。

ただ出会う出来事を楽しんでいく。

その時人は自分の理ではなく宇宙や天の理と共に生きているのです。
常にそんな姿勢でいられるように。

心掛けます(^-^)


オープンの日、ロータスランド店内で撮った写真です。
以下、ロータスランド店内の様子を紹介しますね。










ちょっと手に負えないかなと思えるぐらいのところで流れを見ながら進んでいく。

やることが追い付かなくていっぱいいっぱいな感じがしている時、ふと、これは当たり前のことなのだと思いました。この広い世界は自分を遥かに超えるスケールの元に動いています。ならば、自分の段取りを超える出来事に出会っても不思議ではないのです。

自分を超えて展開するこの世界。それを恵みと感じるか負担と感じるかはその時々の心次第なのでしょう。

ということで今年も確定申告を終えました。2年前、確定申告を終えた後、僕は「世界のお金がみんなのお金であるように」を書きました。そこにはこんな文章があります。

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2012年2月。農事組合法人の初めての決算&税の申告。初めてのことで分からないことだらけの中、税務署に質問したり、自分で調べたりしながら仕事を進めていきました。そしてなんとかやり遂げた時、自分の能力のすべてを使い切ったことを感じ、達成感を味わいました。

その後、農事組合法人は2013年3月長野県に事務所を構え、NPO法人は便利屋など収益事業を開始し、事業が拡大し、税の申告も必要になっていきます。そんなふうにより多くのスキルが求められるようになっていきます。能力の限界に挑戦し続ける日々となり、余裕は少しずつなくなっていきます。

自分の納得がいく仕事が出来るようになった僕は、望んでいた「すごい人」になりました。ですが今、ひとりで極めた仕事を抱えて余裕を失っているのです。余裕がないと心の成長を求める気持ちが弱まります。一番大切なことがおろそかになってしまうのです。

望みは叶った。でも余裕を失う。

自分自身の理不尽さを感じるところです。


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僕は望んで仕事を開発し広げて行きました。その広げた仕事がこの頃から苦痛となっていたのです。この年、僕の足は大きく膨れ上がりみんなに心配を掛けましたが、みんなの温かい支えの中でなんとか乗り越えました。

そして昨年は「目標達成♪(^-^)♪」を書きました。そこにはこんな文章があります。

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大変な状況にある時、心と身体にストレスが掛かり甘えたくなります。

ですが、僕は普段から甘えるのは下手なので、その気持ちを素直に外に出すことはありません。その時、その大変な状況に没頭していくことで周りにアピールをするようになるのです(無自覚に)。そして、没頭することにより負荷が余計にかかり、いっぱいいっぱいになっていきます。それが体調不良などの滞りに繋がっていったのです。

今年はみっちゃんが全面的にサポートに入ってくれて、大分助けられたのですが、それでも法人税申告&確定申告は大変な仕事です。そこに他の仕事が重なったことで大きなプレッシャーを感じることになりました。そして恐怖からなんども自分の仕事に没頭したい気持ちに襲われました。ですが、恐怖は自分が創り出しています。恐怖心は大変な状況をアピールしたい気持ちには好都合なのです。

今年は恐怖心と向き合いコントロールすることが出来ました。
そして日々を淡々と過ごしました(^-^)


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2年前と比べて成長を感じます。

そして今年。今年の確定申告を終わって感じていることを書くとこんな感じです。

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やることが沢山ある中で確定申告を終えた時、自分の中に壁を超えた感覚がありました。ですが、それは新たな壁との出会いでもあり、その期間には至らないことが沢山ありました。壁とは自分でもあり、今の自分を超えると新たな自分と出会い、そしてまたそれを超えていく。そんなふうに生きていく。

ちょっと手に負えないかなと思えるぐらいのところで流れを見ながら進んでいく。そうするといつも課題がある状態で出来事が自分の枠を広げてくれます。「手に負えない」というのも自分の判断で、その奥には「ここまで進めたい」という段取りがあったりします(期限という現実もありますが・・・)。そういうのを全部手放してただ流れを見ながら出会う課題を超えていく。そんなふうに。ただ淡々と生きていこうと思いました。

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カフェ&ショップ・ロータスランドの開店が間近に控え、確定申告が終わっても忙しさは変わりません。僕の仕事は2年前に比べて広がり続けています。でもそれは昔のように僕の望みではなくあくまで流れの結果です。だからどちらでもよいのです。

大切なのは常に自分を離れ、自分と世界を楽しむこと。

ただそれだけなのです(^-^)









自分自身が永遠の表れであるように。




誕生日(3月7日)の前日、友人の川崎くんから以下のメッセージを貰いました。

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誕生日明日かな。ちょっと早いけれどお祝いの言葉をお送りします。

Happy Birthday!! Whatever is beautiful, whatever meaningful, whatever gives you happiness.May all that be yours, today, tomorrow & forever .

(誕生日おめでとう!! すべて美しく、すべて意味があり、すべてがあなたに幸福をもたらします。今日と明日、そして永遠にそれらがあなたのものでありますように。)

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それに対して、僕は以下のように返信をしました。

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どうもありがとう。自分自身が永遠の表れであるように。この瞬間のすべてに感謝し生きていきます。またいつか会おうね。

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今年の誕生日は、立春正月にひっくり返った後、最初に迎えた誕生日。だからとても大きな節目として意識してきました。ひっくり返りとは立脚点の大転換。今までの僕は、自分の側から世界を眺め反応していましたが、今年の立春正月以後、僕は世界の側から自分を見て自分を楽しんでいるのです。僕は今、人生で一番の変化を経験していて新しい自分が誕生しているのです。

42歳。6×7。蒸して(6)成る(7)。まさにそんな感じです。

そんな誕生日の朝は、曇り空でした。曇り空を眺め、雲は人間の心だなと思いました。太陽というこの世界を生かしている法則があって、その前を浮かんでいる雲は光の反射によって様々な彩りを生み出します。それがこの世界の人間の心で日々変化しこの世界に様々な彩りを与えています。

空に彩りを与える雲(2016年10月撮影)
雲がいっぱいになると太陽は見えなくなりますが、それは人々が自分ごとで心をいっぱいにしていると法則が見えなくなるのと重なります。ですが、雲の向こうにはいつも太陽があり光を注いでいます。人々が自分ごとでいっぱいになっている時でも、その奥には必ず法則があって、それが人々を生かしてくれているのです。

そんな法則の一つが人は必ず死ぬということ。誕生日。この世に生を受けた記念日に死生観について触れることで、法則を生きていこうと思います。というわけでまずは昨年の11月に書いた「出会うことをいただいていく。」より以下の文章を引用します。

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私たちが「生きている状態」とは、肉体と魂が一体となって生命世界において循環している状態です。それに対して、「死ぬ」ということは、肉体と魂が分かれ、肉体は生態系の構成要素として3次元宇宙の中に、魂はそれぞれに相応しい異次元宇宙に還っていくことです。

このように捉えると、肉体は死を境に消滅してしまうわけではありません。人間や動物、植物といった、ひとつの生命としての一時的な姿が終わるに過ぎないのです。常に変わり続けるもの、それが3次元生命の姿です。

これに対して、3次元生命を生命として束ねているものが魂・霊性です。私たちは魂と肉体の分離を死と呼びますが、それは終わりであると同時に始まりでもあるのです。死によって肉体は生命としての循環の仕組みから解き放たれ、原子の単位となってこの世界へ散らばっていきます。一方、魂は新たな次元において次の旅の準備を始めるのです。

「死生観」という表現は、死を生の側からの視点だけで捉えた言葉であると言えます。しかし、生死を超えた視点から死を捉えると、死生観というように、生の奥に生を支える魂の世界が連綿と続いていることになります。つまり私たちの本来の姿は魂、霊性であり、いわゆる「死後の世界」こそが本来の居場所であることになるのです。つまり、私たちは生死を繰り返すことによって学び、本来のあるべき立ち位置に目覚めていくのです。ですから死とは、その学びの大切な節目なのです。



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魂は生まれてきて自分に相応しい肉体と出会います。そして、両親に出会い、身内に出会い、友や仲間と出会って行きます。その中で感情が育まれていきます。すべては相応しく与えられる出会いであり、その出会いを通して魂は自分を知っていきます。

僕たちの本来の姿は魂です。肉体や感情は相応しく与えられるものであり、それを通して自分を知る材料であり、だからこそコントロールすることが出来、その変化を通して魂も変化していくのです。


この視点に気づいた時、魂はすべての出来事から離れ、自由となり∞(無限)の可能性へと開かれていきます。∞(無限)の世界の中で魂を成長させていく。それが心磨きです。


この視点は完全にニュートラル(中立・中庸)なものです。なぜなら魂の世界は人間社会の善悪や価値観を完全に超えた世界だからです。それらを超えた価値、あらゆる価値観を超えたニュートラルな価値があり、それを積み上げていく。それが魂の成長であり、心磨きです。


僕は今、こんなふうに感じています。


魂の成長。それはこの世界に本質に気付き、自由になっていくことであり、自らの思惑から解放されていくことです。それは今まで自分が身に着けてきた反応パターンのそぎ落としです。一つのパターンがそぎ落とされた時、自分自身の感情、そして出会う現実が変わっていきます。どんなふうに変わるかは変わってみなければ分かりません。だから、これは思惑を超えた世界であり、変化は自ずから起きるもの、変化を起こすのではなく、変化をいただく生き方なのです。


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ここで書いているように感情は出会いを通して育まれたものです。そして、それは思考も同様です。自らを分けると書く「自分」は、自らを世界から際立たせ、この世界に反応しますが、感情や思考はこの動きに沿って生まれています。この動きが世界に多様性という彩りを与えているのですが、動きが大き過ぎたり固定したりすると対立や孤独、分断となって表れます。それが現代社会の姿と言えます。

だからこの思考や感情の動きを見抜くことが大切で、それが出来た時、人は魂の位置に立ち自らを眺めることが出来ます。そしてその時、変化は自ずから生じ、すべての存在を繋いでいきます。これは世界の側に立つということです。なぜなら魂の世界は時空を超えて永遠無限にすべての存在を繋げているからです。

僕は魂の地点に立って、自らの思考と感情を見抜き、そして法則のままに生きてこの世界の豊かさを表現していきます。そんなふうに思った僕は、キッチンさんに木の花の暮らしの豊かさを表現する誕生日プレートをリクエストしました。そして出てきたのがこんなプレートです。

















とっても素敵な料理を作ってもらって胸がいっぱいになりました。そして、みんなで僕を囲んで写真を撮ってくれたのですが、「なかのん、誕生日おめでとう!!!」という声と共にみんなが拍手をしてくれました。それも思いがけなくて胸がいっぱいになりました。デザートはほとんど子どもにあげてしまったのですが、こうやって共有出来ることがただただ幸せでそのことも僕の胸をいっぱいにしました。僕は感動で満たされました。

変化変容を繰り返すこの世界の法則はみんなを幸せに繋いでいきます。それを邪魔するのは「自分が・・・」と際立つ心だけです。僕は魂の地点に立って、自分の思考や感情から自由となり法則のままに生きていきます。そしてみんなとその豊かさを表現して発信していきます。その時きっと自分自身が永遠の表れとなっていることでしょう。

そう、僕は永遠に続く宇宙です(^-^)

いや、「僕は・・・」ではなく「僕も・・・」ですね。
気付けばみんな永遠に続く宇宙、共に未知の道を旅しているのです。


自らの感情を天に委ねる

人生をファシリテートする


現在、木の花ファミリーで開催中の1ヶ月間の真学校、その様子が真学校ブログにて随時発信されています。今回はその中で3日目午後「ファシリテーション~人生をファシリテートする」で語られている言葉を引用したいと思います。

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自分自身の中に湧いてくる様々な思考を仕分け、取捨選択し、時代の流れや宇宙の法則に沿うように自分自身をファシリテートする能力が、これからの人類には必要とされます。『人類に』と言うと大きなことのように聞こえますが、『あなた自身の人生に必要とされている』と置き換えれば、身近な話になります。大きくても小さくても同じです。例えば自分の周りを小さく区切れば「家族」や「会社」という単位になりますが、それを大きくすれば地球になります。そういう中に、私たちは生きているのです。
私たち一人ひとりの体は、60兆個の細胞からなるひとつのコミュニティです。それをファシリテートしているのは、実はあなたではないんですよ。あなたは、その60兆個の細胞をファシリテートしている存在があることを知るべきなんです。あなたがいくら「これは自分の体だ」と言っても、それは何ものかにファシリテートされることによって健康に保たれているのです。
ところが、その健康に保たれているものをダメにするのは、あなた自身です。ということは、あなたと、あなたを含めた全体をファシリテートしているものとが連携していくことが、あなたの人生を健全にし、社会を健全にします。その全体をファシリテートしているものとは、時代や、天体の動きです。
そのことに目覚めると、自分を含めたすべてをファシリテートすることにつながっていきます。これまでの「ファシリテーション」とはただ会議を円滑に進めるための手法でしたが、これは人生のファシリテーションであり、人類の目覚めとなる重要な捉え方なのです。

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この発想はとても面白いと思いました。ファシリテーションの概念を会議の場から日常生活に広げ、しかも「ファシリテートしているのは自分ではない」と言い切っています。プレゼンには「時代が時代をファシリテートしている」という言葉が出て来ますが、僕ら一人ひとりの人生はその時代の中で営まれています。そのため常に時代の影響を受けているのです。

出会う感情を楽しむ


ところで、「波のように生きる」でも書きましたが、ニュースで流れている話題は同じパターンの繰り返しになっているように思えます。

〇〇は脅威だ。
○○に対抗するために○○に近づく。
○○は日本の景気にとって良いことだ。

事柄は違っていても、どの話題でも表面的な損得勘定に基づき状況を判断し反応しています。そして、そこには人々の感情の動きがあります。

湧いてくる感情。それは自然発生するように思えるかもしれませんが、そうではありません。僕たちは瞬間瞬間、自らの感情を生み出しているのです。そこには自らの意志が反映されています。ただそれは瞬間の出来事であり日常の中で繰り返され定着してしまっているので、自らの意志の働きが見えなくなっているだけなのです。

自らが生み出した感情は世界に反映されていきます。今の世界は人々の感情の表れであり、それは簡単に言ってしまえば、利己的なアピールの心と言えます。例えば選挙でも具体的な政策の善し悪しはあまり話題に上らず自らの存在を上手にアピールした議員が当選されていきます。上手にアピールした人が成功する。そのため人々の関心はいかに上手にアピールするかに向います。その結果、実質が伴わなくなり、社会は混乱していくのだと思います。

アピールは自分を他者(世界)から切り離しているから必要になります。アピールによって世界が動いているということはそれだけ人々がバラバラに切り離されているということです。それは2012年12月21日に銀河の冬至を迎えた時代の流れと呼応しています。2012年の冬至まで時代は闇、分断のピークに向って進んでいたのです。そして時代は今、銀河の夜明けを経て光、統合へと向かっています。なので、その時代の流れに身を委ねると自ずと健全になっていけるのです。

ですが現状を見ると、人々の心は分断の時代の名残が色濃く残っています。そのため社会は未だ混乱したままとなっていますが、このままだと人類は時代に淘汰されてしまいます。年々早まるアース・オーバーシュート・デーなどは人類に対する警告といえます。そうならないためには、分断から統合へ、自分から世界へと心を開いていく必要があるのです。そして、それは光への道であり、希望溢れることなのです。

日々湧いてくる感情。そこには分断の時代の名残がありアピールの心から大きな影響を受けています。そこに気づきそこから自由になることで新しい時代に向けて自らを開いていけます。自らの感情の出どころを見抜き自分を自由にしておく。そうすることで感情も自我の囚われから解放され自由に展開されていきます。僕は今、そんなふうに自分をファシリテートすることを心掛けています。そうすると湧きあげる感情は新鮮なものとなり予測不能なものとなっていきます。それは感情も本来、自然の法則に基づくものであり、自然は人間の理解を超えて変化変容を繰り返すものだからでしょう。

きっとこれから僕に湧き上がる感情はどんどん予測不能なものとなっていきます。だけれどもそれは天からもたらされたものであり、きっとすべての存在を繋げていきます。だからわくわくしながら出会う感情を楽しみます。それは一人の人間のささやかな実践ですが、きっと世界平和へと至る実践です。

僕はそう信じています(^-^)

昨日(26日)の富士山と朝日です。23時58分が新月でした。






波のように生きる

ロシア軍が「クリル諸島」への師団配備を公表しました。このことに関して以下の記事を目にしました。

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「クリル諸島」への師団配備を公表

ロシア軍が新たに1個師団を「クリル諸島」に年内に配備するというニュースが大きな注目を集めている。222日にロシア議会の公聴会に臨んだショイグ国防相が明らかにしたものだが、クリル諸島といえば千島列島と北方領土を含むロシア側の名称であるため、これを「北方領土への」新師団配備と解釈する報道も多いようだ。
また、日本政府も「北方四島でロシア軍の軍備を強化するものであるならば」との条件付きでロシア側に遺憾の意を表明したことを明らかにした。
ただし、冒頭で述べたように、ロシア側が発表したのは(北方領土を範囲の一部に含む)「クリル諸島」への師団配備であり、我が国の北方領土に新たな部隊配備を行うと明言したわけではない。


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そして静岡新聞を手に取るとこんな記事が載っていました。

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【ウラジオストク共同】ロシアのショイグ国防相は22日、クリール諸島(北方領土と千島列島)に新たな師団を年内に配置する意向を示した。新設する4個師団のうち1個師団を配置するという。師団の詳細は不明だが、配置先は北方領土とみられ、4島の防衛力が強化される形となる。下院での発言をタス通信などが伝えた。

 昨年12月の日ロ首脳会談での合意を受け、日ロ政府は北方領土での共同経済活動の実現に向けた協議を進めているが、ショイグ氏の発言はそれとは関係なく北方領土の防衛強化を進める意思を表明した形。配備先が北方領土であることが確認されれば、日本政府が反発する可能性が高い。


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多少表現がぼやかしてありますが、この記事からは、ロシアが北方領土に新師団を配備しようとしていると読み取れ、最初の記事とはニュアンスが異なってきます。微妙な違いだけれども大きな違いのようにも感じました。そして、これらの記事を見ながら以下のようなことを思いました。

日々いろいろなニュースが流れていますが、題材が違うだけで、同じパターンになっています。〇〇が脅威だ。〇〇に対抗するために〇〇に近づく。〇〇は日本の利益に繋がる。〇〇のために大きな損害が生まれた。こんな感じの報道がなされていますが、それは今の人々の物事に対する反応パターンなのだと思います。

世界には脅威がある。そして、敵と味方がいる。そんな中で自分の得となるように、損をしないように行動していたい。

こんな視点で物事を見て、出来事に対して反応していて、それはロシアの師団配備についても同様で、その出来事を冷静に眺めるよりもパターンに基づいて反応しているのだと思います。そのため正確な表現は二の次となってしまっているのです。そして、その反応パターンは現実を強化していきます。

自らを分けると書く「自分」は、世界の中で自分を分けて際立たせる動きをします。それが世界に多様性と彩りを与えているのですが、どんな彩りを与えているかを見極める必要があります。今の人々は表面的な損得勘定に基づき、自分を際立たせています。その視点から見ると、世界は脅威であり敵と味方がいるのです。これは一つの視点に過ぎないのですが、多くの人が持つことで世界を覆ってしまっています。その結果が今の混乱した社会となって現れているのです。

この世界は本来一つです。敵味方なくすべての存在が大いなる流れの中で生かされています。誰も単独で存在することは出来ません。この大いなる繋がりの中で流れにそって自分を際立たせる。そんな動きを取ることが出来れば、調和の中で多様性と彩りが生まれていくのです。

それは海に生じる波のようなものです。様々な形となって現れる波ですが、次の瞬間には海と一体になっています。波は個の表現ですが、次の瞬間には全体と一体となり、そして次の瞬間には違う形となって現れます。こんなふうに個と全体とを行き来しながら自分を表現していく時、それは大いなる流れを促進するものとなり美しいハーモニーとなって現れていくのです。

木の花ファミリーの暮らしはそんな世界に向けての実験ですが、そこから今、一つの流れが生まれようとしています。それが3月21日オープンのカフェ&ショップ・ロータスランドで、昨日、看板も設置されました。




今、メニューも試作を重ねているところです。オープンの際は是非、遊びに来て下さいね。


こちらは日替わりランチの試作です。




ささやかな動きの中に宇宙を感じる

例えばどんな感情が沸いてきたとしてもその感情から距離を置いておくこと。落ち込んだり悲しんだりというネガティブな感情ばかりでなく、喜んだり楽しんだりというポジティブな感情からも距離をおいておく。すべてから自由になりただただ湧いてきた感情を冷静に眺め楽しむこと。そこの価値判断は必要なくて、ただ自由であること。

こんなふうにしていると感情はすぐに変化していきます。どんな感情が沸いたとしても次の瞬間には別のものになっていくわけで、それほど気にすることはないのです。

感情はその瞬間の自分を表している。

ただそれだけです。

忙しい時に頼まれごとや電話が続き、自分の仕事に集中できない時、それは自分の心がそういう流れを生み出しているということ。

僕の心が仕事に集中する準備が整っていないのです。

心がすべてを創っている。

僕はそれを全面的に信じることに決めています。こんなことを書くと、自分の都合の良い現実を生み出せると勘違いをする人もいるかもしれませんが、これはそういうことではなく、起きる出来事をただただ自分の顕れとしていただくことなのです。そして、変化変容を本質として天の法則にすべてを委ねていきます。これは依存的な態度ではなく自らの意志を掛けた積極的な態度でもあります。

忙しい時に頼まれごとがあると焦る気持ちが生じてきます。でも焦る必要はありません。その頼まれごとは自分の心がまだ仕事に集中する準備が整っていないことを教えてくれているだけなのです。だからただ淡々と対応しながら自分の心を整えていきます。そうしていると仕事に集中する流れがやってきます。焦る気持ちはすぐに消えていきます。その感情は結局自分が生み出しているだけなのです。

別にこれはすべての頼まれごとに応じるのがよいというわけではありません。状況によっては断ります。ただその時、焦る気持ちはいらなくて、自分の感情を離れて状況を冷静に判断し決断すればよいのです。

自分自身を映画の中の主人公のように離れて眺める。映画の主人公の感情を追うように自分自身の感情を追っていく。そしてそれを楽しんでいます。ネガティブな感情もネガティブな状況も物語として捉えたら楽しいものです。そこから世界がどんなふうに展開するのかを眺めていればよいのです。

今年の立春正月を境にひっくり返った僕は、天の法則の下に生きています。それは失敗しないとか完璧とかいうことではなくて常に変化変容し続けるということです。

自分から世界を眺めて世界を変えようとしてもなかなか出来ませんが、世界から自分を眺めて自分を変えていくことは自分の意志で出来ることです。天の法則の側から自分を眺めて自分自身をその表現としていくこと。それは自分が変わった結果、起きる出来事はすべて天に委ねる生き方で、未来は常に分からないことなのです。

結末が分かった映画がつまらなくなるように人生も結果が分かるとつまらなくなります。面白さよりも自分の都合を優先すると先が知りたくなりますが、それは天の法則に対する信頼の欠如と言えます。

自分の存在はこの世界のありとあらゆるものにより生かされて存在しています。自分で生きているという錯覚を持つことが出来て、自分で人生を切り開くことも出来ますが、それは本当ではありません。その行動は天の手のひらの中で遊ばされている状態です。手のひらにいることに気づかず自分の想い、自分の想像という狭い範囲に世界を閉じ込めているのです。

天の存在に気付いたら、そして天にすべてを委ねたら、自分の人生は天そのものとなっていきます。その時、世界は自分の想像をはるかに超えるものとなり常に新鮮なものとなります。

どんなふうになるか全く予想が出来ない映画を楽しむように、宇宙の始まりから今に続く物語に参加しながら眺め楽しんでいます(^-^)

木の花ファミリーでは今、3月21日にオープンするカフェ&ショップ・ロータスランドの開店準備、そして開催中の1ヶ月間の真学校で賑やかな毎日を送っています。これは世界全体を物理的に眺めたら豆粒のような場所で起きているささやかな動きですが、大いなる流れが生み出したものだと感じています。

ささやかな動きの中に宇宙を感じる。

世界中の人々がそんな生き方をしたら、離れていても心は一つで共に一つの動きを生み出していけるのだと思います。そのためにはニュースで流れる情報を共有するように物理的な情報を共有する必要はなくて、ただただこの世界を生み出している一つの動きに意識を向けたらいいのです。

きっとそうだと思います。

だから天に意識を向けることは平和へ向けての一番の行動となるのです。

ロータスランドで提供予定の日替わりランチメニュー(500円)です。









淡々と清々しく生きる

農事組合法人木の花ファミリーの法人税申告期限は2月28日です。締め切り期限を目前にして忙しい毎日を送り疲れがピークに達しています。その影響からか思考が自分の大変さをアピールする方向に向かいがちになっています。

アピールする心は他人(世界)と自分を切り離すことで生まれます。関心が自分ばかりに向うことで世界との間に距離が生まれ、それを埋め合わすように他人(世界)に対してアピールをしたくなるのです。(「だからひっくり返ることが大切」参照)

今の社会ではテレビCMをはじめ様々なアピールで溢れかえっていますが、それは多くの人々の関心が自分ばかりに向いている証です。自分に関心が向いているので、人と接する時、繋がり合おうとするのではなく、自分を受け入れてもらおうとするのです。

今までみんなが自分をアピールし、より多くの人に支持される人が社会を動かして来ました。トランプ大統領はそんな社会の象徴で、そこには中身がなく世界は混乱の一途を辿っています。それはアピールし合う社会が終わりを迎えているということです。

すごく簡単に書いてしまっていますが、大まかな流れとしては間違いないと思います。
そんなわけでアピールしたくなる心はその都度手放しています。

話しを法人税申告に戻して。

確認作業や入力作業が沢山あり、毎年法人税の申告は間に合うかどうかギリギリになります。それは今年も同様でプレッシャーに襲われることになるのです。今年はそんなプレッシャーに襲われながらも敢えてブログを書き続けています。この投稿は2月に入って10個目、2~3日に1個の頻度で更新していることになります。

これは僕にとって一つの実験であり、チャレンジです。

やることが沢山あると、そのことばかりに意識が向くようになりますが、それは自分にばかり意識が向くのと同様で健全ではありません。なので天に意識を向けて、そこから自分を眺める時間を大切にしています。そして、湧いてきたことをそのままブログに書いています。もちろんしっかりと結果を残すことは大切で、そこに向けて努力をしていきますが、それ以上に自分の心をコントロールすることが大切なのです。僕は今までこのブログでそういうことを沢山書いてきています。忙しいからと言ってその忙しさに没頭してしまったら僕は嘘を書いてきたことになります。今まで250個の記事を発信してきた責任を想うとそんなわけにはいかないのです。

出来事や結果は求めるものではなくいただくもの、大切なのはこの世界の法則に対しての信頼を深めていくことなのです。

そんなわけで意識を自分から広げると、木の花ファミリーでは今、1ヶ月間の真学校が開催されています。ここであらためて1ヶ月間の真学校について語ったいさどんの言葉を紹介しますね。

☆彡 ☆彡 ☆彡

みんな自分が世直しを託されているとは思っていません。
だけれども、みんな間違えなくこの宇宙の法則の中で生きていて、
人類の70億分の1、この世界を託されているのです。

人は育っていく過程で欲求し、欲求を満たしながら成長していきます。
健全な秩序の中で欲求を満たしていく人もいれば、
秩序なく際限なく欲求を満たし求め続ける人もいます。
そういう経験の中で自分という人間性が出来てきます。

その中で、それぞれが自分の成り立ちを振り返って見ると、
それが宇宙の歴史や地球の成り立ちと一緒だということが見えてきます。
この世界は全部相似形なのです。

小さなところの集合が大きなところを創りだし、
大きなところの法則が小さなところに指針を与えています。

13,000年前のカタカムナの時代。
厳しい自然の中、人類は天然の法則を感知してすり抜けてきました。
ですが、その感覚は時代と共に失われてきました。
その叡智が天とつながることで現代に蘇るのです。

カタカムナの生き方を現代に表現していく。
それは、科学が発展したところに天然の精神を加えることです。
これはまさに新しい時代の生き方で、
木の花ファミリーはそれを表現していくのです。

2012年12月21日。太陽系は銀河の冬至を迎えました。
これからは少しずつ明るくなっていきます。
宇宙的には明るくなる現象が起きて、人間を後押しするのです。

健康に生きることは素晴らしいことです。
ですが、ただ健康になりたいだけで終わってしまったら人生は深まりません。
生きている過程でいただく病気や滞り。
その奥にあるメッセージを理解していくことが大切です。
そこを理解した時に現代人も天然の意識で生きていくことが出来ます。

この世界は心と肉体(物質)で出来ています。
まずは心、魂を磨くことが大切です。物質のことは考えなくてもいいのです。
今の世の中はまだ物質的豊かさを求めていますが、そういう世の中はひっくり返ります。

そのようなターニングポイントを今、迎えているのです。

人間の欲が戦争を生み出し、第二次世界大戦で大きな犠牲を出しました。
これは世の中の欲の心が壊れて一度リセットされた状態です。
ですが、戦後の復興は、もう一度、欲の心でなされました
そして、現代の混乱に至っています。

自分の健全、健康を求める心の奥にメッセージがあり、
それを通して自分がどう生きるべきかが見えてきます。
大切なのは、自分が健康に生きることだけではないのです。
自分のことばかり考えることで人間は不健康になっていったのです。
そのからくりを見通すこと。その先に世の中作りがあるのです。

世の中を良くするとみんなが良くなっていくのです。
自分が・・・と考えると住みにくい世の中になっていきます。
自分が・・・という心を超えていく。
それが天と共に生きることです。

真学校ではそういうことを伝えていきます。

真学校の受講生はこの場で変化していきます。
その変化に触れることでこの場も変化していくのです。

ここで健全な場を創り出すことが時代の流れをあらわすことになります。
世界のことを思い、自分を超えていく。
そのことが宇宙の中に光をさすことになるのです。

それを本当に信じて取り組むことです。

時代も神も目には見えません。人間の理解を超えています。
ですが、この世界にはそういう秩序が確実にあるのです。
そこに一人一人の人間が理解を示すことが大切です。

宗教はご利益を求める人により発展しましたが、
本来はそういうものではありません。

信仰とは宇宙の法則性の理解です。

法則性を理解し、自分が・・・という心を超えていく。

そのような本当の信仰心の下、天と共に生きていくのです。
それが世直しであり、この世界に平和をもたらします。


☆彡 ☆彡 ☆彡

あらためて。

大切なのは結果を求めることではなく、この世界の法則に対する信頼を深め日々を淡々と清々しく生きることです。そうすることで自分自身の人生を宇宙の法則の表現としていくのです。結果はいつも相応しく与えられます。だからただその結果をいただき学んでいくだけなのです。

法人税申告まであともう少し。
淡々とやるべきことをこなし結果をいただきます(^-^)


真学校1日目ウェルカムコンサートの様子



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