一喜一憂しながら一つになっていく

子宮頸がんで10月26日から12月12日まで病院に入院していたきょうこちゃん。そのきょうこちゃんをお見舞いに行ったいさどんとの会話をようこちゃんがまとめた「必死」とは「必ず死ぬ」と書く ~きょうこちゃんの「どこまでもいただきます」物語には沢山の学びが詰まっています。今回は以下の文章を引用します。

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わたしは「今回、奇跡って何だろう?と思ったときに、『奇跡』はその人の『軌跡』・その人の歩いた跡だから、奇跡をその人にとっての最高の境地だとするならば、奇跡とはそこに至るまでのその人の歩みにしかすぎないんだよね」と言い、いさどんは「それはDNAだからね。DNAは体験したことが記憶してある情報にしかすぎない。だから、自分がぶれなくてもいいんだよ。自分を観て、ぶれていたら、揺れている自分がいるなと思うだけだ。そしてそこをどうしていくかという歩みが一つの生きるエネルギー源になっていく。そのままでいいなら、皆あっさりと向こうに行っているはず。そこにもだえ、苦しみ、抵抗し、そこで何かを掴んで人は成長していく。世の中にはもだえ、苦しみ、抵抗しただけで終わり、学びが一切なく、転げ落ちていく者もいるから、いろいろだ。

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そして、僕は先日、いさどんと以下のようなことを話しました。

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3次元世界に暮らしながらも人間は物事を2元的に観ている。それは、出会うこととそれに対する自分の反応で物事を見ているから。それで平面的になっていく。だけれども、その奥にはこの世界を動かしている意志がある。出会うこととそれに対する自分の反応、そしてその奥にある意志。それらすべてを意識した時、この世界を立体的に観ることが出来る。

出会うことに反応することで人は一喜一憂する。それが人間で一喜一憂しなければ生きている意味がない。一喜一憂しながらも、出来事の奥にある意志を感じて、一喜一憂している自分を離れて観る。そして流れをいただいていく。それが生きていることの醍醐味で、人生に翻弄されずに楽しむことが出来るようになる。

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人は出来事に出会うことで一喜一憂します。そこでもだえ、苦しみ、抵抗し、そして何かを掴んで人は成長していきます。その時、必要なことは物事を立体的に観ることなのだと思います。目の前の出来事と自分という平面ではなく、その奥に貫いている意志を感じていく。そうすることで現実は過去から現代、そして未来へと繋がり、立体的になっていくのです。そして、その意志は自分をすべての存在へと繋げていきます。

奇跡は軌跡。軌跡とは自分だけの軌跡ではなく、宇宙の始まりから今の自分に至るまでの軌跡です。だからいさどんはDNAだと言っています。この世界の奥にある意志はすべてのものを貫いています。だから話題は一つにことからあらゆるところに飛んでいくのです。

きょうこちゃんといさどんは病室でこんな会話もしています。

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それからいさどんは「今、アメリカで起きていることは、皆、今までを基準にしてものを考えるだろう?まさか、『こういうふうになるとは』とか『もうこれ以上は』と言うけれど、行けば行くほど、その次の世界がある。結局、所有しているだけなんだよ。自分の枠の中で限定しているから、『これ以上行ったら考えられない』というものが皆あるんだよ。次から次へとある。ただそれに自分の思考が追いつかないだけ。だから、思考しないでいただいていく姿勢になれば、自由自在になれる。限定する自分に囚われがあると、『いやだ!』とか『考えられない!』となるけれど、どちらにしても考えられるわけがないんだよ(みんな、笑)」と言った。

きょうこちゃんは「この生をいただいている。本当に皆に出会えてよかった」と言い、いさどんが「昨日の話で、もしここで別れて向こうへ行ったら、『なんだ!こちらのほうが近かった!』という話は面白いと思ってね。『向こうも近いと思ったけど、なんだ、こっちのほうがもっと近い!』と僕は思うんだよ。なぜここへ来てこのような生き方をしているのかと思うと、そこに出会うわけがある。それで戻っていったら、戻っていったで、『向こうのわけはこちらに元があったんだ!なんだ、ばかばかしい。あっちのほうが大本だった』ということになる。すべてあちらで操作している」と言うと、こうちゃんは「向こうで操作するのも面白そうだし、こっちでアップダウンしながら操られているのも結構面白い(笑)」と言った。

それからいさどんは窓から富士山を見ながら、「窓の外の景色を見ると、昨日の景色も今日の景色も天気が違うから多少違うように見えるけど、同じように見えるだろう?あれをじっと観ていると、ドーッと何かが流れている。移り変わっている。移り変わっているということは、今この部屋の中では毎日いろいろな出来事があって一喜一憂するわけだ。そこで気持ちは一喜一憂しながら、『まだ生きていたよ』などと言っているけれど、この世界全体がドーッと動いている。自分が意識したところはダイナミックで過激なように見えるけれど、実はそこら中ダイナミックで過激で、すべて同じなんだよ」と言い、こうちゃんも「本当に流れているだけだな。流れがそこにあるだけだなって思っていた」と言い、きょうこちゃんは「世界は面白くなるねえ。フリーな立場でいれば本当に面白いね」と言った。

その後、看護師さんが何度か部屋に来たときにいさどんは「あの人たちが入ってきてさ、僕を見て、『トランプさんがなぜここにいるのだろう?』となぜ聞かないのか(笑)。ヘアスタイルが違うからか(笑)」と言い、皆で笑って、わたしたちは病院を後にした。





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人は自分の枠に基づき思考しています。ニュースを見て、経済のことを考える時もトランプさんのことを考える時も沖縄のことを考える時も真珠湾のことを考える時も南スーダンのことを考える時も自分の立場から自分の枠組みで考えています。それは大抵、他の枠組みと相いれないことがあるから行き詰まります。だから思考を超えていくことが大切です。

思考しないでいただく姿勢になれば自由自在になれる。自由自在になって一喜一憂して揺れ動く。自由じゃないじゃんと思えるけれども、実は自由で常に心は現象の奥、天へと向かっている。だけれども現実をしっかり楽しみ一喜一憂する。そうこうするうちにバラバラだった現実がいつの間にか天の意志の下に一つになっている。思考はお手上げ状態。だけれども一つの流れの下にいつの間にかみんなが一つになっている。

そんなふうに生きていきます(^-^)


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