自分を鍛えて多様な愛を表現していく

Aくんが出発した日の朝、空には虹が掛かっていました。

先日、自然療法プログラム(通称:ケア)で木の花ファミリーに滞在していたAくんが新たな生活へ向けて帰宅しました。Aくんが出発する日の朝は、空に虹が掛かっていて、まるで門出を祝福しているようでした。そのAくんのケア物語が木の花ファミリーブログに掲載されています。以下、その一部を引用したいと思います。

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高校生のAくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは59日、不登校で昼夜逆転の暮らしを改善するためにお父さんと一緒に訪れました。

「規則正しい生活を送ること」を目標にスタートしたAくんのケア滞在は、本人のペースで進められていきました。作業へ出発する時間になっても丁寧に歯ブラシや水筒を洗い続けていたり、出発直前になって行くか行かないかを迷い始めたりして、人を待たせることが度々ありました。それでも最初の1、2週間は日中作業に出続けていたので、2週間面談の際、新たな目標として「コミュニケーションを大切にするように」ということが伝えられました。

2週間面談の場で、Aくんは自己主張を繰り返していました。そんなAくんに対してジイジからは、「今の状態を改善するためには人の話を聴くことが大切です。自分の考えが今の自分をつくったのですから、自分の考えを変え、社会に適応出来るようになっていく必要があります。」と伝えられました。

その後のAくんは休みがちとなり、半日か数時間キッチンで作業をして、あとは部屋で過ごすことが多くなりました。そして人ともあまり交流をしませんでした。日々の生活の中で出来ないことの理由探しをしていたのです。4週間面談では、そんなAくんにジイジから、「だるくなったのは、出来ないことの理由として必要なのかもしれません。」「自分の日記やなかのんがつけているケア記録を読み、そして面談音源を聴くことで客観的に自分を観るようにしていきましょう。そして自分の姿勢を振り返り、姿勢にメスを入れるように。」と伝えられました。しかし、5週間面談の際もAくんは、「病気であるほうが自分にとって都合がよい」と認めながらも、対人恐怖などの症状を訴えている状態でした。

そして6週間面談の際、ジイジからAくんに「いつも行動しない理由探しをしています。積極的にやらないことを求めています。」「このままだとやる気がないという判断になります。やる気がない人は滞在拒否することになります。滞在拒否される前に自分からやるように。このように6週間が経って、毎回同じテーマを出される人はあなたが初めてです。」と伝えられました。

その後も一向に気持ちが入らず、日記には無駄な思考やきれいごとを書いているAくんに対し、ジイジは、「余計なことは考えず無心になって動くだけです。本当は分かっています。」とコメントし、サポーターからは「こんなことをしていたら絶対に改善しません。親御さんにお金を出して貰ってそれを全部無駄にしています。行動しなければ、何を書いても無駄になります。もっとちゃんと考えたら?」と伝えられました。

その翌日からAくんは、毎日朝から作業に出るようになりました。そして7週間面談の際、ジイジからAくんに「その調子で続けて、自分で良いと思える生活を送るようにしましょう。こちらはあなたの取り組みで一喜一憂しています。あなたがしっかりと取り組むことはこちらの喜びとなります。あなたの1日の送り方が周りの人を喜ばせるのですから、自分の存在が人の喜びとなって、自分自身が誇れるようになるといいですね。みんな応援しています。」と伝えられました。

その後、しっかりと規則正しい生活を送り、人とも積極的に会話をするようになったAくん。8週間面談の際は、ケア卒業の見通しが伝えられました。ですが、Aくんの中に臆病な気持ちが芽生え、翌日の日記には、「まだケアを卒業出来るとは思えない。学校にはまだ行こうと思わないし、行く必要を感じない。」とネガティブな気持ちが綴られていました。そのためケア卒業は一度棚上げとなり、9週間面談では、ジイジからAくんに、「とにかくやる気がない。今もまわりからの評価を自分から否定して、自分で成果が上がらないようにしています。これから1週間様子を見ます。もしこの姿勢が変わらないなら滞在拒否をします。そのことを心して生活するようにしてください。日記も前向きな姿勢を表現するようにしましょう。それは嘘を書くということではなく、自分が思うことが前向きであるようにしていくということです。前向きな気持ちになるように自己コントロールし、そしてその姿勢で日記を書くようにすることを心がけましょう。」と伝えられました。

その後1週間、Aくんはネガティブにならないように心掛けて生活をしました。それを受けて、10週間面談では、9月復学の目標が決まりました。Aくんは自分から「9月」と言ったのですが、決まった途端に「やっぱり短すぎる」と言い出しました。そんなAくんにジイジからは、「余計なことを考えすぎないことです。その姿勢が、今までいろいろなことを台無しにしてきたのです。自分の考えで決めずに、自分の考えを超えて人の提案を取り入れるようにしましょう。『でも』、『けど』と言い訳を言わず、定まらない心も捨てて、スタートするようにしましょう。」と伝えられました。そしてこの日の日記にAくんは、「今日の面談を受けて割り切るしかない、決めるしかないと思った。ジイジが言うように、自分は17歳なのだから学校に行ったほうがいいに決まっている。そろそろまわりの意見を聞くときが来た。周りの指示、提案を聞こう。」と書いていました。

その後、ネガティブな感情と向き合い、それに対処する方法を自分から探求するようになったAくん。やり取りもしっかりしてきたことを受けて、731日のケア卒業、その後、9月復学を目指して長期滞在を続けることが決まりました。

11週間面談では、「今の不健康な状態になったことを父親のせいにしていた」と気づきを語るAくん。そんなAくんにジイジから、「出会う出来事は、環境も影響しますが、1番は本人の姿勢の問題です。親も完璧ではありませんし、親との間には意見の違いもあるものです。そういうことを対立や問題ごととして捉えることも出来ますが、それはある意味、困難な状況の中で自分を逞しくしてくれる要素でもあるのです。これからも人生の中ではいろいろなことがあると思いますが、それを生かしポジティブに捉えるように努力することが大切なのです。」と伝えられました。

ネガティブな思いと向き合い、ポジティブに変換することを学び始めたAくん。その歩みが続き、Aくんが幸せになるようみんな応援しています。卒業おめでとうございます。


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僕はAくんのケアサポーターとして身近なところで過ごして来ましたが、彼と共に過ごすことで多くの学びをいただきました。ケア物語にあるように、Aくんはなかなか規則正しい生活を送ることが出来るようにならずやる気も感じられない状態でした。そのような状態で5週間が過ぎた頃、ジイジから僕は以下の投げかけを受けていました。


Aくんのような人は捨ててやらなければならない。
面倒を見るのではなく。捨て切っても駄目だけれども。

具体的に「どうしろ」をいう指示があったわけではなく、ただこの言葉だけが与えられました。その後、上記の言葉を踏まえてAくんを観察し接していましたが、そこで試されたのは自分の人間性だと思っています。

僕はこの言葉を受けるまで、毎朝Aくんの様子を見に行っていたのですが、それを止めました。距離をとって部屋にもあまり戻らなくしたのです。ですが、朝しっかり起きて貰わないと困るタイミングでは見に行ったりしていました。ジイジの言葉を基本としながらも、固定せずに本人の状況や状態を見て関わるようにしました。

どうしているかな・・・とすごく気になり、放っておいたらもっと駄目になるのでは?と思えるところをぐっと堪えて距離を取り続けた時期がありました

心を留めながら捨ててやる

そのような感じで接し続けた結果、Aくんの中からやる気が芽生える瞬間に出会えました。僕はこういう関わり方が出来たことに自分の成長を感じました。例えば3年前の僕がAくんに出会ったら、イライラしてもっと感情的になって取り組みを台無しにしてしまった可能性が大きいのではないかと思っています。

今だから出来た接し方を通してAくんの心を育むと共に自分の心も育んでいきました。

Aくんの滞在が5週間を過ぎた頃、僕は「Aくんがここにいる意味はないのでは?」と感じていました。ですが、自分はそういうことを判断する立場にはないので、ただ役割に徹していました。そんな状態だったAくんが、自分と向き合うようになり、ケアを卒業し、新しいところへと旅立ちました。未来にどんなことが起きるかは分からないものです。

あの頃の自分が見ていた景色ではありえないこと、Aくんがケアを卒業し高校へ復学することが実現しました。だから今見える景色で、未来を断定してはいけないのです。そのことを実感し確認する機会ともなりました。

捨てる(すてる)

カタカムナで見ると、「二面性が極限まで達して維持されている状態」となりますが、捨てるという行為には確かに二面性があるように思えます。何かを捨てることは対象を手放すことでもあり、捨てる対象に自由を与えることでもあります。そこから何が生まれるか分からない、どちらに転ぶか分からない。そんな要素が捨てるという行為にはあります。

捨てる。

そこに心がないと、それはただの冷たい行為となりますが、そこに心があれば、大きな愛の表現ともなりえるのです。

きっと愛の表現は多様で、その源は天へと心を向けることです。自分の反応パターンから自由になれば、きっとどんどん多様な表現が可能となります。天に心を向けることでそんな自分の変化をこれからも楽しんでいこうと思っています。

ところでAくんの卒業コンサートのトキ、ジイジはAくんにこんな言葉を送っています。

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本当の自分の実力というのは、自分の正直な心を出して、その上で返ってきたいろいろな出来事を通し、それをどのように捉え、どのように前向きに進んでいくのかにかかっています。そのときに、本当の実力が出来、社会をたくましく生きていく力になります。これは、ここで決めていることなのではなく、実際に、生きるということはそういうことなのです。誰も、明日の自らの人生を読み解くことは出来ません。明日に出会うことは、今日までに出会ってきた延長にあるとは限らないのです。それが、人生というものです。

そのために、自らの予想を超えた想像の出来ないことが起きたとき、その出来事は新たなことに対する抵抗力を与えてくれていると思えば、とてもありがたいことなのです。なぜなら、それは自分を育ててもらっていることになるからです。そのように物事を前向きに捉えたら、「あれはダメだった」「これはこういう理由でダメなのだ」という言い訳は必要なくなります。そして、どんなに難しいと思われる出来事が起きたとしても、超えられないことは何ひとつありません。そこを一つ一つ取り組んでいくことによって、自分の力が身につき、生きる希望になるのです。それが、この自然療法の取り組みに対する考え方です。


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Aくんは困難に出会いましたが、それを通して自分を鍛え逞しくなっていきました。そして僕らにとってもAくんのケースは困難なケースと言えますが、それを通して僕らは鍛えられました。困難が希望、喜びへと繋がっていったのです。この姿勢こそ人類が育む必要があるものだと感じています。

貧困や格差、戦争や紛争、環境破壊。

今、世界には生きることが困難となる課題が山積みとなっていますが、それらを悲観的に捉え、対立や争い、孤立を生み出すのではなく、自分たちを鍛えてくれる要素として前向きに捉えたら、そこからきっと希望が生まれます。その希望の元に心を一つにしていけたら、みんなが成長し合える豊かな世界が実現するのだと思います。

そんな世界に向けて、これから先どんな困難に出会ってもそこから自分を鍛えて愛を表現していこうと思っています。





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