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人生とは場創りである(2)

今日、5月20日で木の花ファミリーに移住して丸9年となりました。これから10年目の日々を送ります。「10」はカタカムナで統合・悟り、そして「10」は「1+0=1」で新たなる旅の始まりでもあります。木の花ファミリーで暮らした9年間を一つの気づきとして昇華させ、これから一つ次元の上がった旅が始まります。

木の花ファミリーに移住して丸5年となった2014年5月20日、僕はみんなに対して「場創りをしたくない」と宣言をしました(「まなこいから11ヶ月」を参照)。そんな僕が今年の2月、「人生とは場創りである」と語るようになりました。場創りをしなければ生きる意味がないのです。

自分の希望や願望で動くのではなく、場を大切にすることで自分の価値を高めること。そうすると思いもよらない出来事に出会い感動し、当初の願望はどうでもよくなっていきます。それがこの9年で僕が得た気づきです。

これから新たな旅が始まりますが、その前日の夜、木の花ファミリーのみんなと「モアナと伝説の海」を観ました。この映画については以前、「天下泰平ブログ/モアナと伝説の海、そしてスサノヲ」で読んでいて心に残っていました。以下、少し文章を引用します。

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「モアナと伝説の海」は、もともとはポリネシアに伝わる神話をモチーフにしたようですが、その内容はいくつも日本の神話を感じさせる物語であり、特にメインに感じた神様は「スサノヲ」でした。

荒ぶる神、スサノヲ。

国生み神話の神である父神イザナギと母神イザナミ。

イザナギから生まれた三神のうち、アマテラスは高天原を、ツキヨミは滄海原を、そしてスサノヲは大海原を治めることを任されました。

スサノヲ=海の神=ポセイドンでもあり、日本神話にしろギリシャ神話にしろ、インドの神からユダヤの神に至るまで、世界神話には何かしらの共通性があります。

モアナでは、風と海を治める半神半人として「マウイ」という人物が出てきますが、彼はおそらくスサノヲがモデルだと思います。

荒ぶる神であるマウイは、この世界を作った女神の心を盗み、無人島へと1000年間も幽閉されていました。

女神の心がなくなった世界は、闇に覆われ、世界が破滅する危機を迎えます。

この辺りは、アマテラスの岩戸隠れを連想をさせる展開です。

またマウイが神であるためのアイテムとして「釣り針」が登場しますが、これもまたスサノヲの象徴である「剣」を連想させるものであり、やはりマウイ=スサノヲを強く感じさせます。

物語の中で最重要人物(神)となっているのが、この世界を創った女神テ・フィティ

本来の姿は、横たわった女性の島ですが、心をマウイ(スサノヲ)に盗まれたことで、悪魔の神テ・カァへと変貌し、心を探し求めて荒れ狂っています。

まるで、地から溢れるマグマの神。それこそ、ハワイ島のキラウエア火山に鎮座する火の女神ペレそのものであり、おそらくは悪魔の神テ・カァのモデルはペレかと思います。

火の悪魔、火の女神に挑むのが、水の神に選ばれた主人公のモアナ。

クライマックスでは、モアナが海を割るシーンがあり、海の底を歩いていきますが、これは完全に旧約聖書に登場するユダヤ人モーセの姿そのもの。

最終的に水の神と火の神の陰陽統合によって、心を取り戻して本来の創造の女神テ・フィティに戻り、世界も平和を取り戻しますが、水の神セオリツヒメの時代や陰陽統合の時代背景も考えると、かなり奥が深い映画のように感じます。

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5月3日、いさどんがジイジとなった時にハワイ島のキラウエア火山の噴火が始まりました。5月17日にも爆発的噴火が起き、今も被害が広がっています。そのタイミングでこの映画を観ることに意味をみかちゃんの言葉で確認しました。

この物語では、マウイが女神の心を盗むことからこの世の闇が始まりますが、マウイは人間に火を与えた存在でもあり、女神の心も人間の欲望を満たすために盗んだのです。つまり人間が自らの我欲を追い求めることが女神から「心」を奪うこととなり、結果、この世界に闇が広がっているのです。それは現代社会の姿と重なります。

闇が広がる中、モアナは海から選ばれます。それはモアナという存在を超えた大いなる流れ、意志の導きです。モアナは一度、それを放棄しますが、自らの意志で再びそれを選びます。それはマウイも同様で、大いなる意志の導きを自らの意志で選ぶこと。そこに生きることの意味があるように感じました。

この映画を観た後、ジイジは、男神アマテラスやセオリツヒメの復活について語りましたが、それは宇宙の大いなる流れの中にあります。その流れの中でそれぞれに与えられた使命、それを感じ、自らの意志でそれを選ぶことで未来の扉は開かれます。

自らの使命。それはきっと、自らの希望や願望ではなく、場を大切にし自らの価値を高めることで自ずから見えてきます。だから僕は、これからも場創りを大切にしていこうと思っています。

木の花ファミリーのみんな@田楽祭田植え祭り


魂の変遷を見ていく

先日に大人ミーティングで、「心の水爆」という言葉が話題に上りました。これは昨年の9月、ジイジ(当時はいさどん)が大町へ行った時に語った言葉で以下のように表現しています。

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それはプロセスも何もいらないんだよ。だってそうじゃん。人間の思考回路を見てごらんよ。すべてにプロセスがあり、こういう原因があってこういう経緯でこの結果になって、というのが連続して、ずーっと物語を刻んでいるんだよ。それは宇宙の法であり、何かと言ったら因果の法則を立証しているわけだ。原因があってそれにふさわしい結果が起きて世界はこのようになってるんですよ、と。
ということは、現状が良くないものであるとしたら、そこから抜け出るにはどうしたらいいか。こうするとこうなるからああしてこうして・・・などと頭を回しても、それは今の結果を作ってきたのと同じ思考回路だから、結局同じ結果になるんだよ。そうではなく、この思考回路の物語をここで爆発させて、終わらせるということだ。

「わかったぞ!だからこうしよう」なんてことを繰り返していても、結局は同じことなんだよ。そこで爆発させると、物語が終焉を迎える。だから、これは言わば小型の水爆。霊的水爆だよ。


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自我を持つ人間は思考回路の物語を生きています。そしてそこから人生の変遷が生まれます。ですが、人間の思考回路の奥には、魂の変遷があり、人はそれにより生かされているのです。心の水爆を爆発させる。それは思考回路の物語を終わらせ魂の変遷へと自分自身を委ねていくことなのだと思いました。魂の変遷とは何か?「21世紀の死生観・2~真学校でもっとも伝えたいこと」には以下のような記述があります。

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例えば今のあなたが、お父さんやお母さんは大切だ、おじいちゃんやおばあちゃんがいたから自分がいるのだ、自分の一族がいたお陰で今の自分がある、と思ったとします。もっと言えば、自分の国があったから自分はいるのだ、と思ったとします。それは、この図(生命の織物2)でいうと縦のラインですね。
ところが魂の遍歴を観ていくと、前世、前々世というように、横のライン上にもさかのぼって自分はいます。前世では、今世で戦争をした相手の国に生きていたかもしれません。縦だけではなく、この横のラインにも、宇宙の始まりから終わりまでの情報があり、その中にあなたがいます。前々世では、アボリジニだったかもしれないし、ネイティブアメリカンだったかもしれません。今世では今のあなたの人生があるわけですが、来世でどこに生まれるのかは、今世の結果によります。いろんなことを経験してきた結果、今のあなたがあり、今の経験の結果が、未来のあなたをつくっていくのです。
そのように観ていくと、あなたはどこか特定の場所に所属しているわけではなく、「地球が我が家」ということになりませんか?

ですから、ご先祖様とは、過去に存在したすべての人々がご先祖様です。子孫とは、未来に存在するすべての人々が子孫です。もしくは、すべての生命のことです。先ほど、縦のライン上を受け継がれてきたDNAの話をしました。宇宙の始まりから宇宙の終わりまでの情報が、細胞一つひとつのDNAの中に入っています。同じように、この横のラインを左へずっと辿っていけば、宇宙の始まりにたどりつきます。右へずっとたどっていけば、宇宙の終わりにたどりつきます。「私」という今の自分が、魂の輪廻をくり返しながら、宇宙の始まりから終わりにまで関わっているのです。そして、その織物の糸をつなぐつなぎでもあるのです。
私たちの内にはさらに、目には見えない霊的なDNAが伝承されています。目には見えませんが、霊的なDNAの情報ボックスというものがあり、それを名付けて「宇宙図書館」と言います。そこには様々な情報が整理されており、未だ使われていない90%の脳を使ってそこにアクセスすると、すべての情報が出てくるのです。私たちは、そのような物理的、霊的複雑な仕組みのもとに存在しています。
肉体のDNAの解析と同時に、霊的なDNAにアクセスし、人類の営みを進化させるのが2000年から3000年にかけての人類の歩みです。その中で、物理的テクノロジーも進化していきます。そこに霊的なテクノロジーが重なっていきますから、3000年になるころには我々は今は想像もつかないような世界を見ることになるでしょう。

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魂の変遷を見ていく。それは全宇宙の物語の一部を担うということです。そしてそれは自我による思考回路の物語の奥に常に流れています。

近代自我による思考回路は自らを世界から切り離すことで、多大な欲望と共に孤独や疑心暗鬼を生み出してきました。加計学園や森友学園の問題は政府の信頼を揺るがしていますが、それは近代の思考回路の産物とも言えます。だからこの問題を表面的に罰したとしても人類の思考回路が変わらない限り、問題は形を変えて起こり続けると思います。だから心の水爆を爆発させ思考回路を壊していくのです。この時大切なのは、壊れていく自分を見ていくことです。見ていくことで今の実体を学び次へと生かしていけるのです。

太陽系は今、銀河の夜明けを超えて光の時代へと向かっています。それが宇宙の物語であり、近代自我による思考回路はその流れの中で大きな矛盾を生み出しています。自我という偏りを思う存分追求してきたのが近代ならば、これからは偏りから繋がることも大切さを学ぶ時代です。ここでまた「21世紀の死生観・2」からの文章を引用します。

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『偏りから、つながることの大切さ(宿命)を学ぶようになっている』とあります。宿命というのは、私たちがつながるようにできています。単独で自らの都合だけで生きてはいけませんよ、という世界になっているのです。「自分勝手に生きてもいいじゃないか」と言っても、世の中があるからそういう我儘もできるわけです。空気が無しで生きていけるのか、太陽が無しで生きていけるのか。私たちが生きているということは、必ず他のものに生かされているということです。宇宙は常に対向発生です。他者と関わり、力を合わせることで宇宙が成り立っているのです。その物理性の根本が、愛なのです。
ところが地球上に、ヘンなものが現れました。そんなに歴史は古くありません。しかし、ものすごい勢いで繁殖し、この世界に大きな影響をもたらしています。それが人間の存在です。「自分が」「自分が」と言って、宇宙の仕組みを無視しているのです。
それでも長い宇宙の歴史から言えば、これもほんの一瞬のことです。今は、人間が自我の方向へ暴走したことにより、人間社会は行き詰まりをもらっています。しかし、天はそういった愚かしい人間の中から、賢い者たちを選抜し、次の時代への準備をしています。今、銀河の冬至を越え、冥王星の248年のサイクルが終焉を迎え、次の時代を担う人々が確実に生まれてきています。ということは、私たちは既に、希望ある時代へと足を踏み入れているのです。

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5月15日20時49分牡牛座新月、そして5月16日0時20分に天王星が牡牛座に移動します。新月はリセット、そして天王星は革命の星。それが愛と美しさを司る牡牛座でエネルギーを発揮します。その節目を前に、壊れること、そして生を超えた魂の変遷に想いを馳せてみました(^-^)




「定め」とは変化し続けるということ

5月7日の大人ミーティングでは、ジイジブログ「線路は続くよ天までも」がシェアされました。そこでは人間の自由について以下のように表現されています。

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人間は、人生を30%の定めのもとに生まれてきます。そして残る70%は、自由が与えられています。その70%の自由によって、自ら落ちていくものもいます。
30%は、この世界を生きる上で、自分の力ではどうにも変えることのできない宿命です。それはいただくものです。その30%を、徹底して生きればいいのです。ところが人間は、70%の自由にばかり心を奪われ、30%を忘れてしまうのです。そうすると、自らの存在価値すら失い、取り返しのつかないところまで進んでしまうのです。
70%の自由を正しく使えるか、間違って使うかについては、それぞれの個性の違いはありますが、仕組みは皆同じ条件です。正しく使えない者は、それにふさわしい痛みを与えられます。そこでの痛みは、救済です。その救済の手に乗れば、痛みを学習として、正しく進むことができます。一方、70%の自由を正しく使う者は、現象として痛みをもらいません。痛みが伴わないことにより、進んでいる方向の正しさを確認していきます。痛みを伴わないと、人は奢って「これでいいのだ」と自我を増幅させるものですが、どんなに正しい道を歩んでいても、常に「これは天のご意向だ」という心があれば、ずっと痛みや問題ごとなく歩んでいけるのです。

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人生の30%は定め。そのことについて大人ミーティングでジイジは以下のように語りました。

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定めの30%は「1・2・3(ヒフミ)」。人間の基本です。動物ではなく人間として生かされている。人間は水や空気、食べ物がないと生きることが出来ないとても不自由な存在です。いろいろな制約があります。その事実にしっかりと向き合うことが人間を正しい方向へと導き、70%の自由へと生かされていくのです。

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30%の定めは人間の基本、そして「定めはいただくもの」とも述べられています。この「いただく」ということについて別の場所でジイジ(当時はいさどん)は以下のように述べています。

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宇宙は、常に変化することで成り立っています。波動が高いところでどんどんどんどん変化すること ─── それが活性化です。人間が自我を持ち、欲を持つと、変化しないことを求めるようになります。何かに囚われ、現状を守ろうとするのです。しかしその自我の欲が満たされても、人間は成長しません。むしろ、その欲に支配されて、不自由に生きることになるのです。
けれども、人間が自らを手放し、自分から解放することにより、自我の枠から離れることができます。この、自分自身を手放すことを、シヴァのはたらきと言います。シヴァとは、破壊の神の物理性です。宇宙は、この世界をどんどん変化させていきます。それは、無限の宇宙の中で、トキ軸を柱にし、常に先へ先へと、未知なるところに向かって旅し続けているということです。それが生命の宿命であり、宇宙を生きる上で正常な状態なのです。その中で、私たち人間も、自らの価値観を絶対とするのではなく、宇宙が変化していく流れをいただいていく。「いただく」ということは、古いものを捨てるということです。

宇宙を生きるとは、どういうことでしょうか。それは、自分を手放すということです。ところが、現状に執着する人にとっては、それは苦痛となります。そして宇宙の流れに逆らってでも、現状を保とうとするのです。そうすると、宇宙はその人に問題ごとを与えます。それは宇宙の法則からのメッセージです。そしてそれが、神様が私たちに与えてくれている、愛です。あなたを捨てなさい。そして私と共にありなさい


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「いただく」ということは、古いものを捨てるということ

定めとは変えることの出来ない宿命。その宿命とは変化し続けるということです。その事実を受け入れること。そして出会う出来事に応じて変幻自在に自分を表現すること。それが本当の自由で、主体は常に「世界」の側にあります。

そして定めの30%は「1・2・3(ヒフミ)」で人間の基本です。その言葉から思い出すのは、「ひふみの法則」。以下、そのことを説明した文章を引用します。

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宇宙には天が意図した「ひふみの法則」というものがあります。
無意識に統合の時代を生きていた時代(ひふみの「ひ」=源)から、我々は「個」の体験を重ねるという分離の時代(ひふみの「ふ」=分離)を過ごしてきました。そして、今、まさに私たちは「生」の本来の目的を想い出そうとしているのです。(ひふみの「み」=意識をもって統合の時代を生きていく)。
『全ての生命(いのち)が響きあう場所で天に導かれて愛を生きる。』
競争やエゴ、自分(たち)さえ良ければ、今さえ良ければ、という世界ではなく、皆がひとつの真実の方向に向かって響き合う、「大いなる循環」の中で自らの輝きを活かしていく時代の到来。
 ~ 中略 ~自分自身を籠の中に閉じ込めているのは、「自分のやり方こそがベストだ」と信じ込んでいる自分自身なのです。その観念を一旦天へと戻して、認めたくない自分やもう二度と感じたくはない感情と再び出逢い、向き合い、その奥に在る、分離の時代には成しえなかった
『自分の中にある本当の想いや愛と繋がりなおす。』

そういうチャレンジを体験することが、閉じ込めた籠の中から輝ける自分自身を解き放つことにつながっているのです。


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こんなふうになって欲しいと世界を選り好みする自分、その自分が本当の自分を籠の中に閉じ込めます。なぜなら世界は自分そのものだから。定めをいただき変化し続ける中で認めたくない自分が浮上することもありますが、そこと向き合う中で本当の自分が解き放たれます。そんなふうに生きることが人間としての基本、僕はそんなふうに生きています。


富士山@2018年田楽祭

出来事に解体され出来事に生み出される

悟るということは「差を取る」ということ。
何と何の差を取るのかというと、お釈迦様は「自分と宇宙」と言われました。自分というものに目覚めると「自我」が発生します。そして常に自らの解釈がこの世界を図っていくのです。
般若心教では・・・
「色即是空 ……ここでいさどんは般若心教のお経を唱え始めました)」
今、「無」ばかり出てきましたね。これは「ない、ない、ない、ない」と言っているのです。それは、自分という意識を持つとこの世界を自らの秤をもって図るのでこの世界と自分に差ができる、ということです。そして、自らの秤を持たないようになる、つまり図る自分がなくなれば、この世界が「ない、ない、ない・・・」と思えるようになるのです。そしてこの世界が「絶対有」であるという状態になるのです。今日はゆう君の誕生日ですからね(チーン 笑)。
そこで、「絶対有」とはどのような「有」かというと、すべてが自分自身である、ということです。自分とこの世界に差がある状態を悟りとは言いませんね。人は自らの解釈に依らない境地になったときに差が取れて、この世界すべてが自分になるのです。
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上記は2年前の4月8日、お釈迦様の誕生日にいさどんに降りてきた言葉です。悟りについて語っていますが、悟りについていさどんは別の時、こんなふうにも語っています。

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カタカムナによると、宇宙は、八つで飽和安定だね。八鏡文字で言えば、円があってそこに宇宙最極小微粒子の「カ」が集まっていって、そして「ヒフミヨイムナヤコト(1・2・3・4・5・6・7・8・9・10)」とエネルギーが集まることによって現象化して、この世界ができる。「コ」で転がり出て「ト」で統合する、その現象化の前の「ヤ」、つまり八の状態は、とても安定した状態だよね。そうすると、そこでは現象化は起きないんだよ。だからそれをわざわざ九まで進めた。八の飽和安定はそのまま止まっている状態だけど、九まで行くと、常に変化変容を繰り返すということ。それは地球の実体であり、宇宙の実体でしょう。飽和安定した世界も、そこを超えると、現象化ができて、それが宇宙の実体なんだよ。
宇宙というのは、本来はないもの。飽和安定の先に、「ある」ということを認識するために九を創ったのだから、その前の飽和安定の状態では「ない」んだよ。だから「ない世界」なんだよ。何もないんだから。

だけど、「アマ」というのは「ある世界」の元を創った。その「ある世界」ができたことによって、この世界はもともと「ない世界」だったけれど今は「ある」んだな、ということが理解できる。そこでトキとトコロが統合して、悟りになるんだよ。統合とは、理解なんだよ。

~ 中略 ~

生きていれば、変遷を見ていくことが出来る。変遷を見るということは、客観的視点で見るということであり、それが悟り




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この文章を見て「変遷を見る」ということはトキの差を取ることだなと思いました。今この瞬間を切り取ってそこだけに反応するのではなく、過去から未来へと続く宇宙の流れを感じることでトキが繋がりひとつになっていくのです。

悟りとは自分と宇宙の差を取ること。それはトキ軸とトコロ軸、両方について言えることで、宇宙の始まりから今に至る歴史、そこから未来へと繋がる時間軸、そしてどこまでも果てしなく広がる空間軸、時空を超えてすべてとひとつとなるのが悟りです。

こんなふうに壮大な悟りの意識。では悟ったものの日常はというと、ただ与えられた役割をたんたんとこなすだけなのだと思います。悟りとはトキとトコロの統合であり理解。決して万能になるわけではありません。髪の毛は髪の毛のまま。爪は爪のまま。それは身体全体からしたらちっぽけなものかもしれませんが、確かに身体の一部でありそれぞれの役割があります。そしてそれぞれがその役割を確実にこなすことで身体全体が機能しています。人間も同じで、宇宙全体からしたらちっぽけなものですが、確かに宇宙の一部であり、それぞれがその役割を自覚し確実にこなすことで宇宙全体が美しいハーモニーを響かせるようになるのです。このような視点、理解があれば、どんな役割も宇宙全体と繋がり誇りを持って生きることが出来るようになります。それが悟りなのだと思っています。

そしてこれは頭による理解ではなく心による理解です。「自分の役割は○○だ」と決めつけるものでもありません。変化変容を繰り返すのが宇宙の本質です。ならば、それに合わせて自分も変化し、役割も変化していくものです。

出会う出来事によって自分を知り、出会う出来事によって変化していく。それが本来の人の姿で、そこから本来の役割も見えてきます。ですが、人間は自我を持ち、今の自分に囚われこだわることがあります。そうすると本来の自分、そして本来の役割を見失い、変化が阻害され滞りに出会うことになるのです。今は世界全体がそのような状態になっています。

自我は自らの秤を持って世界を図りますが、人間は長らくこの自我の欲望を満たそうとしてきました。その結果、世界は自我の欲望で膨れ上がり、はかりごとに満ちています。それは闇のピーク(2012年12月21日)へ向けての宇宙の流れを受けたものとも言えますが、今、宇宙は銀河の夜明けを超えて光へと向かっています。膨れ上がった欲望をそぎ落とし、きれいにしていくサイクルに入っているのです。

宇宙の流れに沿うこと。それはすべての人に与えられた役割と言えます。

大気汚染や海洋汚染、戦争や紛争、政治の腐敗、経済格差や貧困や飢餓。

今の汚れを生み出しているのは今までの人類一人ひとりの歩みです。変遷を見ることでトキの差を取り、今この瞬間で過去を浄化していく必要があります。起きた出来事は変わりませんが、その意味付けを変えることは出来ます。泥は、土足で入ることで建物を汚すものともなりますが、美しい蓮の花を咲かす土台ともなります。泥は、状況次第でいろいろな影響を与えるものとなります。同じように、今この瞬間に過去が与える影響も、意味付け次第でいろいろなものに変化していくものなのです。

今、星々からのメッセージはそぎ落としです。自らの秤をなしにし、「ない」から「絶対有」へと至る道を辿り続ける必要があります。それは出会う出来事に向けて常に自分を解体していくことなのだと感じています。出来事に心の開き自分を解体し自分をなしにしていく。そうすると出来事が新しい自分を生み出してくれます。その繰り返しの中で余分なものはそぎ落とされていきます。そしてそれは過去にも至り、過去の意味付けも余分なものはそぎ落とされ今この瞬間に活かされるようになっていくことでしょう。

出来事に解体され出来事に生み出される

僕はこれからそんなふうに宇宙の流れを感じながら生きます(^-^)

蜜蜂さんの生き方は見本となります(「蜜蜂のように生きる」をご覧ください)

「いや」という反応を超えて自分を超えていく



ブルームーンの3月31日、中国の宇宙ステーション実験機「天宮1号」が翌々日の4月2日に大気圏に突入すると発表されました(「中国初の無人実験室、2日にも地球落下へ」参照)。天宮1号は、ほとんどが宇宙のちりとなり、落下する僅かな破片も海の藻屑となることが予想され、大きな被害となることはまずないと言われています。ですが、この天宮1号の落下をホピ族の予言に関連づけ「大いなる清めの日」の合図と捉える人々もいるようです(「ホピの予言「最後の第9の徴」の出現か?」参照)。

未来は常に未知、それが宇宙の真理だと思っています。だから予言がどうなるかは分かりませんが、今このタイミングに大きな節目を感じています。大きな流れが変わり、新しい流れが生まれていることを感じています。

天体の動きや予言、文明周期説など。時の流れを伝えるものは様々ありますが、そこには共通したメッセージがあります。それは人類が今、自我を超える時が来ているということです。24節気や新月満月などの節目はその流れが促進していることを確認する機会となります。

人智から天智へ。自我を超えて生きるとは宇宙を生きること。そんな生き方についていさどんは以下のように語っています。

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宇宙を生きるとは、どういうことでしょうか。それは、自分を手放すということです。自己を捨てるということです。ところが、今の自分が大切な人にとっては、それは一番の苦痛です。そして宇宙の流れに逆らってでも、今の自分を保とうとするのです。そうすると、宇宙はその人に問題ごとを与えます。それは宇宙の法則からのメッセージです。そしてそれが、神様が私たちに与えてくれている、愛です。あなたを捨てなさい。そして私と共にありなさい ──────

この愛は、いじわるをしているみたいですね()。けれどもこの愛は、宇宙を生きるのに最もふさわしいことを教えてくれています。私たちが自我に向ける愛は、この世界に矛盾をつくる愛です。今、そういったことを理解した人間たちが、これからの地球上に生きていくことが求められています。それが、この宇宙の物理性を現実化することになるからです。

そのことを理解した者たちは、今の地球上の矛盾を、どんどん潜象界へと送りかえします。そうすると潜象界は、その矛盾を、まったく汚れのない、宇宙の最極小微粒子である「カ」という最もきれいな単位にして、再び現象界へと送りかえすのです。この形ある「カタ」の世界(現象界)と、神の心である「カム」の世界(潜象界)を、行ったり来たりしながら質的転換「ナ」を繰り返す宇宙の仕組みが、「カタカムナ」です。そしてその推進力になれるのが、「ヒト」です。それはこの潜象物理を理解した者だから、できるのです。


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人類はずっと増やすこと、そしてそれを維持することに価値を置き過ぎてきました。その結果、環境破壊が進み、ゴミが溢れる世界となっています。そしてそれは心の状態にも言えます。今、多くの人が自分の立場を語りそれを理解してもらうことに喜びを感じています。ですがその結果、この世界に何を及ぼすかを観察している人は稀です。それは意識が膨れ上がった状態と言え、そしてそれを維持することに価値を置いているのです。その結果、人々は自分の実体が見えなくなり、生きる実感を失っていくのではないかと思います。

そんな状態を打破するために天は問題事を与えてくれますが、すべては今の自分を壊し新しい自分を生きるためにあります。

先に紹介した文章の中で、いさどんは「波動が高いということは、壊れるということ」と述べています。思いもよらない言葉、自分を壊す出来事に出会うということはそれだけ波動が高い証であり、本来喜ばしいことなのです。なぜなら宇宙の本質は変化変容であり、それは生命にとっての学びであり目覚めに繋がるものだからです。ですが、多くの人はそれを嫌います。自分の見える世界に留まることを好みますが、そのことで波動が下がり変化変容のきっかけを失っていくのです。

目の前の出来事に反応し自分を維持しようとして一喜一憂するのが人間です。ですが、その反応のままに生きていたら変化の芽を潰してしまいます。その結果、停滞した毎日を送ることになります。だから常に自分の心の動きを見ていく必要があります。湧き上がる想いの出処を探り、それが世界に何をもたらすかを観察し、「いや」という反応を超えて自分を超えていくのです。その繰り返しにより人は壊れ宇宙の変化変容の流れに沿っていきます。その時本当の喜び、そして本当の自分と出会うことが出来るのだと思います。

冒頭に紹介したホピの予言を初めとする終末の思想は「壊れる」ことの大切さを訴えているのだと思います。それは物理的な豊かさを追求し増やし続けてきた今の社会にとって大切なメッセージであり高い波動への導きと言えます。そのメッセージに沿うように、「いや」という反応を超えて自分を超え続けていこうと思っています(^-^)




宇宙の法、流れに即した世界

2018年3月21日1時15分44秒。太陽が春分点を通過しました。1年前の今日、太陽が春分点を通過した最初の朝、カフェ&ショップ ロータスランドはオープンしました。それを受けて僕は以下の文章を書いています。

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3月21日、カフェ&ショップ・ロータスランドオープンしました(^-^)
オープンに際していさどんはこんなふうに言っていました。

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3連休翌日の平日、儲けを考えていたらこんな日にオープンしないよ。人智ではありえない。でも宇宙的に見たらこの日が相応しい日。この日しかありえない。これは我々が宇宙の流れに沿って生きている証。

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3月20日の19時28分56秒に太陽は春分点を通過しました。春分は宇宙の元旦です。そのことについて天下泰平ブログ「宇宙元旦の春分と宇宙の理の時代」では以下のように書かれています。

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12星座の始まり(1)」である牡羊座に太陽が入る春分は、占星術の世界では元旦を意味しており、宇宙元旦として2017年の本格的な始まりであると言われています。

  ~ 中略 ~

通常の春分とは違い、数千年ぶり、数万年ぶりの大きな節目と言われる今回の2017年春分。

確かにここが大きな分岐点であり、これまでに整理されるものは整理され、手放すものは手放し、そして明日の春分以降、必要なものはまた新たな形で融合され、再スタートしていく感覚を受けます。

明日の春分以降、より本格的に「地球(地)の理」から「宇宙(天)の理」へと、地球の周波数も大きく転換されることになると思います。

人間のエゴ、頭の世界で考えたルール、価値観によって生み出された世界から宇宙の法則、流れに即した世界へ。

ますます頭で考えて動くよりもハートで感じて動かされる時代となり、自分と宇宙を信じて委ねることが重要になってくると思います。

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宇宙的にとても大きな節目である春分点を過ぎた最初の朝にロータスランドはオープンしました。いさどんの言う通り、まさに「この日しかありえない」日なのです。

それでそんな記念すべき日である2017年3月21日の天気は朝からザーザー雨が降っていました。ですが、雨空にも関わらず沢山のお客様に来店していただきました。そしてあるお客はテラスに吹き込む雨を眺めながらこんなことを語ってくれました。

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雨が降り込んでいますね。「振り込む」「振り込まれる」ということでお店のオープンには雨はとても良いのですよ。おめでとうございます。

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宇宙の節目にオープンしたロータスランド。天気も応援してくれていました(^-^)

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宇宙の流れに沿って生まれたロータスランド。この1年間、お客様にも恵まれ成長し続けました。その土台となる精神はいさどんの以下の言葉に表されています。

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今の社会では、みんな収入を得るために必死に仕事をしています。お店ならば、お客を獲得するために一生懸命、商品開発や営業活動を行っています。お客の増減はお店にとっては死活問題なのです。ですが、木の花ファミリーの活動はそれとは違います。私たちは天の恵みである作物をいただき、それを基盤として生活を営んでいます。収益を得ることが死活問題とはなっていません。ですから、私たちの商売は一般とは違うものなのです。同じ基準で考えてはいけません。天の恵みによって暮らす私たちは、心に余裕やゆとりがあります。そして、その余裕を心磨きに向けることが天との約束です。商売もその延長にあります。天の恵みの恩恵を世の中に広げていく。それが私たちにとっての商売で、心を伝えること、幸せを循環させることがその本質にあるのです。


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宇宙の法、流れに即した世界、その豊かな恵みを伝えるロータスランドはこれからの時代を象徴する存在と言えます。だから成長し続けているのですが、それを支えるのは日常の心磨きであり、それは以下の言葉のように古いものを手放して生きていくということです。

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波動が低いということは、壊れないということです。波動が高いということは、壊れるということです。

波動が高くなると、質的転換が起こります。もち米を蒸して突くと、圧力が高まって波動が高くなりますね。波動が高くなったものは、私たちが食べると質的転換を起こし、エネルギーになります。波動が低いものは質的転換が起こりにくいですから、いつまでもその形が残ったままになるのです。

宇宙は、常に変化することで成り立っています。波動が高いところでどんどんどんどん変化すること ─── それが活性化です。人間が自我を持ち、欲を持つと、変化しないことを求めるようになります。何かに囚われ、現状を守ろうとするのです。しかしその自我の欲が満たされても、人間は成長しません。むしろ、その欲に支配されて、不自由に生きることになるのです。

けれども、人間が自分を手放し、自由にしてあげると、自我の枠から離れることができます。この、自分自身を手放すことを、シヴァのはたらきと言います。シヴァとは、破壊の神です。宇宙は、この世界をどんどん変化させています。それは、無限の宇宙の中で、常に先へ先へと、未知なるところに向かって旅し続けているということです。それが生命の宿命であり、宇宙を生きる上で正常な状態なのです。その中で、私たち人間も、自らの価値観を絶対とするのではなく、宇宙が変化していく流れをいただいていく。「いただく」ということは、古いものを捨てるということです。


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宇宙の法に則して常に変化変容を繰り返す木の花ファミリーの暮らしとロータスランド。3月21日は木の花ファミリーの24歳の誕生日でもありました。大人ミーティングの最後に、みんなでハッピーバースデーを歌って、この暮らしの大事を確認しました(^-^)



分からないから悟れる

自分は分かっているものでありたい。

そんな気持ちが自分の中にはあります。何かを聞かれた時、「ああ、それはこうだよ。そういう時はこうすればいいんだよ。」と断定したい気持ちが湧いてきたり、何かを指摘された時、「それは分かっていた」と言いたい気持ちが湧いてきたり。

でもその気持ちは人を成長から遠ざけます。

「分かる」という言葉は「分ける」という言葉に通じます。何かから何かを分けること、分類したり、識別したりすることで人は何を「分かる」のです。何かを「分かった」ままでいるということは何かを「分けた」ままでいるということです。

悟るという言葉があります。悟るは「差」を「取る」ということで、それは分け隔てのない状態です。ということは「分かった」ままでいるということは悟りから遠ざかっているということです。

「分からない」という言葉は、「分けることが出来ない」という言葉に通じます。分けることが出来ないからいろいろなことが一緒になって分からなくなっていくのです。それは悪い状態にも思えますが、「差」が「取れている」状態とも言えます。とすると、悟りは「分からない」ことから生まれるとも言えます。

つまりこういうことだと思うのです。

人は何かを「分ける」ことでそのものを「分かる」。でもその次の瞬間に「分けることが出来ない」現実に出会って、「分からなく」なる。それでもまた「分かろう」として「分けて」いく。そのダイナミックな繰り返しが悟りへの道であり、「分かった」ままでいることは悟りからどんどん遠ざかっていくのです。

「分からない」ことを受け入れ、「分からない」ところに進み続ける。それが悟りへの道だと思いました。

話しは変わって。

3月17日22時12分 、魚座新月でした。宇宙元旦である春分前の新月、その新月に当たって、天下泰平ブログでは以下のように書かれています。

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新月は、心身がゼロポイントにリセットされる時。また意識もゼロポイントへ。

ゼロはないのではなく、新月の木のようにもっとも安定している状態です。

なぜ、新月の祈りや願いは成就しやすいのか。

意識が現実を作り、未来の現実化や引き寄せは、意識の状態によって大きく左右されるとなれば、意識がゼロポイントに位置する新月は、もっとも祈りや願いの効果が高まるのも納得となります。

太古の地球は、現在よりも質量が小さく、また陸地と海の割合も半分であったと言われています。

ある時期に突如として地球の水の量は増加し、水太りのように惑星が膨張した結果現在の海と陸地の割合になったようですが、この水の増加量を計算すると、かつて水の彗星であった月の水分量と一致するそうです。

月にあった氷、水分が地球に引き寄せられてもたらされた地表が泥沼になって沈むほどの大水害のインパクト。

聖書ではノアの方舟の物語として書かれていますが、現在の地球の水は月からもたらされた水の影響を大きく受けています。

月の女神、水の女神として知られる瀬織津姫

月の真実、水の真実が解き明かされる今、瀬織津姫の封印が解除されていることを強く感じます。


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この文章に出て来る瀬織津姫(セオリツヒメ)は男神・天照大神(アマテラスオオミカミ)の妃で封印されている女神です。昨日の大人ミーティングではその瀬織津姫について書かれた文章がシェアされました。以下、その一部を引用します。

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女性性の復活というのは、単に制度的に男女が平等になるということではありません。それは、女性が女性であることの意味を理解し、正しい目を持つ者になるということです。同時に、これまでの男性優位の社会のような、男性が力や財力によって支配してきた時代が終わるということです。男性は、力や財力ではなく、智恵を持って、リーダーとしての役割を果たすのです。
男性は、この地上世界に宇宙の法を降ろします。女性はその法を受け取り、それにふさわしい、秩序ある地上を創るのです。その時に、種を降ろす男性と、それを受けて現象化する女性は、対等な存在です。男性性と女性性が対等となり、世界が運営されていくのです。その宇宙の仕組みが、地上に表現される時代が来たということです。
 ~ 中略 ~

それは本来、当たり前のことです。しかしあまりにも長い間、男性が力で支配する時代が続いたため、今の人々には、この当たり前のことが理解できないのです。女性は、男性にへつらうことが染みついています。そのことについて、これから講座の中でひも解いていきます。本当の男女平等とは、どういうものなのか。真の平等は、宇宙の法に則った、正しい陰と陽の関係にあるのです。
先ほど、瀬織津姫をカタカムナでひも解きました。それは、目には見えない奥にある大切なものであり、それを観る目を持つことを伝えてくれる存在です。
「ヒメ」をカタカムナでひも解いてみると、「ヒ=秘か。ものの始まり」「メ=芽。目。まだ見えないところに広がりを持っている」ですから、ヒメとは、秘かに芽が出ていること。節分前のまだ寒い時期に、表面的には何も動いていないように見えても、土の中では秘かに芽が動き出しています。その命の芽吹きのことです。
女性のことをヒメと言います。それは、表面には見えていませんが、現象化するためにもっとも大切な存在だということです。

 ~ 中略 ~

見えないところで起こっている ──── 男と女が交わって、種を降ろし、命を生み出すのは、見えないところでやるでしょう?それを「ヒメゴト」と言います。
男女の交わりは命を生み出す宇宙の根本原理であり、とても神聖なものです。ところが現代は、それは後ろめたい、忌まわしい、隠さなければいけないものになってしまいました。なぜだかわかりますか?本来の性の意味を履き違え、欲望のままに人々は性を行うことにより、人々の中に、それは悪いものだという心が生まれたからです。ですから、それを隠すようになったのです。
瀬織津姫は、正しい性の物理性の象徴です。それは、宇宙が現象化し、命として生まれてくる仕組みのことです。私たちの性も、本来そのような神聖な意識のもとに行われなければなりません。

宇宙は生命そのものです。その仕組みに倣い、私たち地球の生命も、人間も存在しています。ですから、宇宙の原理に則って、私たちも命の循環に倣い、生きていかなければならないのです。
ところが、人間は自我を持ち、宇宙から自らを切り離してしまいました。生命誕生の仕組みである宇宙の根本原理を、自らの自我で汚してしまったのです。性という聖なるものを、自らの快楽や、お金や物で世の中を支配するための道具にしてしまったのです。それを、宇宙の法に基づく、本来の男性性と女性性の関係に戻す流れが、今起きています。
☆彡 ☆彡 ☆彡
水の星座であり春分(ゼロポイント)へと戻っていく魚座での新月を迎えました。このタイミングで月と水を司る神様である瀬織津姫の存在に想いを馳せるのは相応しいことだと思いました。
水は分け隔てなく世界を駆け巡っています。それはすべてに浸透している宇宙の法のような存在です。その動きを人間の意思で「分ける」ことが出来ません。そしてすべてを洗い流す力を持ちます。洗い流されることで「分けることが出来なく」なり「分からなく」なっていきます。そして、それこそが悟りへの旅路です。

今まで人間の自我が汚してきた宇宙の根本原理。それは自我の「分かっている」という自惚れから生まれています。今、多くの識者が世界を何とかしようとしていますが、「分かっている」立場にいたら宇宙の根本原理を汚し続けてしまいます。

だから僕は。

僕の自我が汚してきた宇宙の根本原理。今、それらをすべて洗い流し法則のままに生きていく。それは分からない道を行くということ。それが魚座新月を迎えての僕の誓いです。

瀬織津姫の舞@富士浅間木の花祭り


積極的に自分を探求するために夢を描く

1月2日スーパームーンと富士山(ちなっぴ撮影)です。

2018年の振り返って書く2018年の目標という記事を読みました。この記事では今年1年を通して引き寄せたい、現実化させたい未来の出来事を手帳に書くことを勧めています。以下、一部引用します。

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過去形で未来のことを書くことに違和感を感じる人もいるかもしれませんが、なかなか集中できない人へのオススメの書き方は、自分が未来にタイムスリップしていて、2018年の目標を書くなら、2019年のお正月に2018年の振り返り日記をつけている感覚で書くと良いかもしれません。

1年後の自分が、この1年間を振り返った状態。

1年後の自分はどんな自分となっているのか。

やりたかった、あの夢は叶っているのか。

どんな人が身の回りにいるのか。誰が一番近くにいるのか・・・。

「冬はこんなことがあったなぁ・・・」

「秋にはこんなことも始まって・・・」

2018年も半分が過ぎた頃には、予定通り目標も半分達成して・・・」

すべて、妄想で良いので、とにかく書くときだけでもいいから、意識を未来にタイムスリップし、過去を振り返りながら2018年に実現したいことを過去形で書きます。

自分の過去の経験上、何でもかんでも願望が実現するわけでもなく、それでも70%くらいは実現します。

実現しなかった目標は、ちょっと早すぎて、その翌年に実現したり、また頭で考えた願望は実現しにく、心がワクワクと踊る中でインスピレーションで降りてきた目標や数字は、現実化しやすいです。

だから、なるべく目標を書くときは、自分の心がリラックスしていて、頭ではなくハートに意識を持っていきながら、思いのまま浮かんだことを過去日記を書くようにすると良いと思います。

はたから見たらバカみたいなことですが、どれだけバカになって自分自身を信じれるか・・・信じるといえば綺麗ですが、自分を騙せるか、自分を洗脳できるかがポイントです。

潜在意識や脳は、一度設定したら、それを実現するために、フル回転で起きている時も眠っている時も稼働しています。

「そんなこと自分には無理」

いつも伝えていますが、自分に自信がない人、自分を否定する人は、一体どの自分を自分と思っているのでしょうか。

顕在意識、人間の脳、DNAにしても、使われているのは数%程度。

未知なる可能性が無限に近いほど誰にでも残されているのに、僅かに知っている自分をすべての自分と思い込み、自分で自分を制限してしまっています。

90%以上の、まだ見ぬ自分。


自分が知らない自分があることを認識するだけで、無限の可能性の扉が開かれます。

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この記事を読んで自分も実践してみることにしましたが、これは願いを叶えること、思い通りにすることが目的なのではなく、天との対話なのだと思いました。目標という形で想いを天に投げてみる。そしてそれがどのように展開するかによって自分を知っていくのです。

今、世界は様々な分野で行き詰まりを迎えていますが、それは人間が思い通りの世の中を生み出そうとしてきた結果です。自らを分けると書く自分。そこから生まれる自我は世界から自分を切り離し際立たせます。その動きが行き過ぎたものとなり人々に分断や対立が生まれているのです。

大切なのは、自我の動きを超えることです。目標や願いを書く時、自我の想いを叶えようとするならば、叶ったとしても、それは社会や自分の混乱を深めていくだけとなります。だから実現不能に思えるようなことを思い切り書くといいのだと思いました。その後はそれを手放し日常をただ真剣に送るのです。そしてそれがどのように展開するかで自分の心を知っていくのです。積極的に自分を探求する姿勢として夢を描き天に投げてみるのです。こんなふうにしてただ受け身で天からの意向を待つのではなく天を主役としながらも現実を共に創り上げていこうと思いました。それが個としての存在する人間の役割なのだと思っています。

銀河の夜明けを経て、今、時代は真の女性性が蘇り統合する時代へと向かっています。ここでその意味が明確に表現されている文章を引用します。

☆彡 ☆彡 ☆彡

 新たな時代への潮流の中で大切なことは、(それが一番良い方法だと信じて)全てを自分でやろうとするあり方(誤解)から自分自身を解き放つことだ。自分が望む結果よりも、遥かに偉大な結果へと天が導いてくれるということを信じて委ねられるか。それは、また宇宙時間への回帰の大切さを意味している。』

 ~ 中略 ~


宇宙には天が意図した「ひふみの法則」というものがあります。

無意識に統合の時代を生きていた時代(ひふみの「ひ」=源)から、我々は「個」の体験を重ねるという分離の時代(ひふみの「ふ」=分離)を過ごしてきました。そして、今、まさに私たちは「生」の本来の目的を想い出そうとしているのです。(ひふみの「み」=意識をもって統合の時代を生きていく)。


『全ての生命(いのち)が響きあう場所で天に導かれて愛を生きる。』


競争やエゴ、自分(たち)さえ良ければ、今さえ良ければ、という世界ではなく、皆がひとつの真実の方向に向かって響き合う、「大いなる循環」の中で自らの輝きを活かしていく時代の到来。


統合の時代へとシフトする今このとき、宇宙時間の中で、自分の輝きを、自分の中心で、真の女性性を取り戻しながら神の子として蘇る。天と自分の魂との約束を果たす時が今まさにやって来たのです。


自分自身を籠の中に閉じ込めているのは、「自分のやり方こそがベストだ」と信じ込んでいる自分自身なのです。その観念を一旦天へと戻して、認めたくない自分やもう二度と感じたくはない感情と再び出逢い、向き合い、その奥に在る、分離の時代には成しえなかった


『自分の中にある本当の想いや愛と繋がりなおす。』


そういうチャレンジを体験することが、閉じ込めた籠の中から輝ける自分自身を解き放つことにつながっているのです。


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自我は波のようなものでその奥には海である自分がいます。海の表面に波があるように心の表面にも自我があり、そこでは常に感情の浮き沈みを繰り返しています。人はそこに目を奪われ感情の波に飲み込まれていきますが、真の自分、海であることに気づくためには波の奥へと潜っていく必要があります。

日々湧き上がる感情。その奥に潜っていくことで本当の想い、愛と繋がることが出来ます。それは毎日地道に続ける実践です。僕は思い切り夢を描き、感情を離れ日々の出来事をそのままいただいていきます。そして、それがどのように展開するかを楽しもうと思っています(^-^)





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